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東山彰良のTurn! Turn! Turn! #20 台湾遠望記 雲海の彼方に麗しの島

文:東山彰良 写真:河合真人

 先月、先々月のヘリコプター搭乗記に引き続き、本欄担当R記者がまたやりおった。またしても朝日新聞社の小型ジェット機「あすか」を飛ばす算段をつけてくれたのである!

 「今月で連載開始20回目なんですよ」。R記者はそう言った。「もう一度、与那国から台湾を見に行きましょう」

 親愛なる読者諸賢は覚えていらっしゃるだろうか?

 2019年4月に当コーナーがはじまったさいにも、私は「あすか」に乗せてもらって台湾上空を周遊した。福岡を飛び立った私たちはまず石垣島で1泊した。そこから与那国まで飛び、新連載に勢いをつけるべく台湾を遠望しようと試みたのだが、あいにくの悪天候でなにも見えなかったのである。

 じつは今回も天候に関しては不安材料があった。台風19号と20号が台湾付近にぐずぐずと居座っていたのだ。私が家で猫と遊んでいるときにも、R記者とパイロットのMキャプテンは台風の動きを注視していた。ふたりは緊密に連絡を取り合い、天候が相手なので今回は余裕のあるフライトプランを組もうということになった。たとえ一度のチャレンジで失敗しても、待てば海路の日和あり作戦でいくことにしたわけである。

 そんなわけで、台湾の全貌(ぜんぼう)をこの目でしかと見るまでは百折不撓(ひゃくせつふとう)の覚悟を持って、私たちは約1年半ぶりに機上の人となったのだった。

朝日が反射する錦江湾の真ん中に、桜島のシルエットが浮かんだ=朝日新聞社機から

 フライト当日、東京のほうでは木枯らしがびゅうびゅう吹いていたが、福岡の天気は申し分なかった。

 午前7時38分に離陸した「あすか」は機首を南へと向けた。空にはまだ白っぽい月がかかっていた。私たちは鹿児島上空を飛び越え、遥(はる)か眼下に屋久島や奄美大島を望みながら、一路与那国を目指した。ふたつの台風のせいだろう、雲がどんどん増えていく。やがて石垣島が見えてくると、私たちの胸は否(いや)が応にも高鳴った。雲の絨毯(じゅうたん)は目路の届くかぎり西へ伸びていたが、それほど分厚いとは思えなかった。少なくとも去年の3月に同じ場所を覆いつくしていたあの憎たらしい雨雲ほど手強(てごわ)くはなさそうだ。

 飛行機は石垣上空で旋回しながら、与那国の空域への進入許可を待った。与那国まではもう目と鼻の先である。管制塔から許可が出ると、Mキャプテンは飛行高度を2万フィートにまで下げた。

 そして午前10時、私たちはとうとう雲海の彼方(かなた)に台湾の島影を認めたのである。

 Mキャプテンは与那国上空で飛行機を旋回させ、私たちは窓にへばりついて麗しの台湾を追った。去年も思ったが、なんて近いのだろう。実際、与那国から台湾までは最短で111キロ程度しか離れていない。感覚的には東京都内から富士山を望むようなものだ。日本人が富士山を眺めるように、私はうっとりと台湾を眺めやった。

与那国島(手前)の上空を飛んだ。雲の上に台湾の島影がはっきりと見えた=朝日新聞社機から

 かつて与那国と台湾は緊密な経済圏を形成していた。松田良孝『与那国台湾往来記 「国境」に暮らす人々』によれば、1930年ごろには漁業関係を中心に600人ほどが与那国から台湾へ出稼ぎに行っていた。そのころの台北の人口は約30万人、いっぽうの与那国は4462人なので、島民の13・4%が台湾へ渡っていたことになる。男性は漁師、女性は家事使用人がおもな働き口だった。与那国の人たちにとって、台湾へ働きに行くことはちょっとしたステータスだったようだ。当該書には面白い替え歌が紹介されている。

 「台湾さがり」はだめですよ
 時計も持たずに鎖提げ
 今は何時になりますか
 空を見上げて知らぬ顔

 大正時代に流行した「すととん節」の替え歌だという。「台湾さがり」とは台湾から帰ってきた女性のことを指す。台湾で一旗揚げた彼女たちは、これみよがしに高級品を身につけて島のなかを闊歩(かっぽ)する。この替え歌は、時計もないくせに鎖だけぶら提げて威張っていると言って「台湾さがり」を揶揄(やゆ)しているのだ。

台湾の島影を望むことができた与那国島上空を飛ぶ機内で、東山さんはその様子をメモ帳に記した

 さて、1回目のアタックで首尾よく昨年の雪辱を果たしたおじさんたちはあまりにも満足していたので、給油のために石垣島へ降りるまで新しい問題にまったく気づかなかった。

 思い出してほしい。

 今回、私たちは余裕のあるフライトプランで与那国に挑んだ。R記者は「あすか」を5日も押さえてくれていたのだ。心ゆくまで台湾を眺めて石垣に着陸したのが昼前。つまり、その日の午前中だけでミッションをコンプリートしてしまったことになる。

 私たちの目の前には、まだほとんど手付かずの5日間が残されていた。このピン札のような5日をどうするか? もちろん、このまま福岡へ引き返すという手もある。仕事が早く終わったのだから、さっさとそうするべきだ。それはわかっている。

 しかし、おじさんたちはそうしたくなかった。誰がなんと言おうと、そんなのは私たちの流儀ではない。せっかく時間と予算と飛行機があるのだから、それをみすみす使わない手はない。まるで拾った大金をネコババでもしようとするかのように、私たちはこそこそと顔を見交わした……。

 ということで、与那国台湾遠望記は来月につづく!=朝日新聞2020年11月21日掲載