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「リスクを取れ。失敗してもいい」 レノボジャパン社長デビッド・ベネットさんが選んだ「はたらくを考える本」

文:吉野太一郎 写真:斎藤大輔

ベネットさんが選んだ「働く」を考える本

1.『ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則」(ジム・コリンズ、日経BP社)
2.『PRINCIPLES(プリンシプルズ) 人生と仕事の原則』(レイ・ダリオ、日本経済新聞出版)
3.『ThinkPadはこうして生まれた』(内藤在正、幻冬舎)
4.『ティッピング・ポイント―いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』(マルコム・グラッドウェル、飛鳥新社)
5.『銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎 上・下』(ジャレド・ダイアモンド、草思社文庫)

 私が人生で最初に入ったコンサルティング会社で、社長が社員全員に読ませた本が『ビジョナリー・カンパニー』でした。会社が成功するためには、いろんなことをたくさんしようとするんじゃなくて、一つのことにフォーカスしろという本ですね。他の会社よりも誰よりも優れていることを一つ選んで、どんな会社よりもうまくやれば成功する。そうすればグレートカンパニーになれるっていうレッスンです。

 レノボの前にいた会社はAMDという半導体企業なんですけれども、5、6年前はつぶれそうだったんですよ。問題はやっぱり、いろんなことをしようとしすぎていた。BToBもBToCもCPU、GPUも。このままでは持たないと、CPU(コンピューターの中央演算処理装置)、しかもハイエンドで世界一のパフォーマンスのものを造ろうと決心しました。他のことはすべて捨ててリストラして、ハイエンドCPUだけに投資して息を吹き返した。まさにこの本に書かれていることをやったんだなと思いました。

 そうやって身につけた自分のマネジメントスタイルは、誰かから教わったものではなかったけど、『プリンシプルズ』はそれを言葉で表してました。ダリオさん自身の経験や感じたことのストーリーになってるんですよ。

 昔はトップダウンが主流だったけど、サステイナブルに、持続するためにはやっぱり部下を信頼しないとうまくいかない。上から「こうしろ」と押しつけるのは、短いスパンで結果は出せるかもしれないけど、長いスパンでは部下が折れたり自信をなくしたりするので、下からインスパイアしていく例がたくさん書かれてます。生き方についても、すごい長い本なんですけども非常に勉強になった本です。

 それから、我々が売っているフラッグシップのノートパソコンは、実は日本の大和研究所というところで発明されたんですよね。最初は日本のお弁当箱から着想を得たので、昔のThinkPadを開けると、メモリーやハードディスクがお米や野菜みたいに詰め込まれている。今でもレノボは日本に研究拠点を置いていて、この前は世界で初めて、折り曲げ式のディスプレーを開発しました。私もトヨタの「カイゼン」の本とかいろいろ読んでたんですけども、『ThinkPadはこうして生まれた』はパソコン業界の改善プロセスが分かる本です。

 『ティッピング・ポイント』はビジネスというより、エキスパートになるための心構えの本なんです。たとえば子供をプロスポーツの選手に育てたければ、同じことを1万時間繰り返させる。それぐらいの時間をかけないとワールドクラスにはなれないということが、いろんな例やデータを見て分かるといいます。今は早期教育が重要視されていますけど、逆に遅れてもいいから、1万時間に近づくためにゆっくり長くやることがすごく大事と考えさせられる本。

 『銃・病原菌・鉄』は、昔の産業や病気がどうやって世界に広がってどういう影響があって、という、単に歴史の勉強じゃなくて、一つのことを経済、社会、医療の問題を総合的に学びながら解き明かしていく。未知のことを複合的に分析するのはビジネスにも通じる手法ですよね。

 ごめんなさい、だんだんビジネスから離れちゃった。正直、私はビジネスの本はあまり好きじゃないんです。「成功するためにはこれとこれをやってください」というやり方が得意でなくて。

日本の古典文学を学ぶ本もオススメしてくれました

1.『古典再入門―『土佐日記』を入りぐちにして』(小松英雄、笠間書院)
2.『新版 古今和歌集 現代語訳付き』(高田祐彦訳注、角川ソフィア文庫)
3.『まろ、ん?―大掴源氏物語』(小泉吉宏、幻冬舎)

 僕は日本の古典文学がすごい大好き。その中で漢文から和文に変わった頃の日記文学が私の専門です。ただ、外国人としては、現代の日本語も難しいのに、いわんや古典文学、古典文法をや、です。『古典再入門』は、古典が読める文法や内容の解説が、私にもわかるように書いてあるので、自分の勉強ではすごく重要な本でした。

 最初の論文は古今和歌集についてでした。和歌って短いじゃないですか。頑張ればなんとかなるだろうと思ったんですけども、そんな簡単ではなかった。言葉は分かっても、ある単語が昔の出来事とつながっていたり、別の内容を暗示していたり。勉強すれば勉強するほどすごく深いということが分かりましたが、出発点としてはよかったと思います。

 最後は源氏物語の解説漫画なんですけど、普通に読んでも面白い。20年前、紀伊国屋書店のレジの前に置いてあった。アカデミアの中でも評判がよくて、海外の大学で、特に源氏物語を勉強している人の間では有名なんですよ。

「日本語の文法」に魅せられて

――17歳で交換留学で初めて日本に来たそうですが、遠い日本に興味はあったんですか?

 今の子たちはアニメや日本の文化とかが好きで来てると思うんですけれども、1997年に私が日本に来た理由は、単純にどこかに行きたかったから。私の家族はジャマイカ出身で、世界中に私の親戚がいるんですよ。でもアジアだけいなかった。その中で「日本はいい国だ」っていうイメージがあったので、とりあえず行ってみようと思いまして。

――どんな「いい国」というイメージがあったんですか?

 まったく日本語ができずに来たんですけど、皆さん親切で、アニメと漫画の話は、同級生との会話をつないでくれましたね。驚いたのが、子どもの頃にたくさん見てた「アストロボーイ」(鉄腕アトム)も「聖闘士星矢」も「えっ、日本で作られたの?」っていうこと。今よく見ると、「アストロボーイ」の中には明らかに漢字も出てくるんですが、子供のときは全然気づいてなかった。日本の子がアメリカのものだと知らずに見ている、逆のパターンもありましたよね。

――そこから大学院で古典文学を研究するぐらいまでになった。

 そうですね。カナダではメジャー(主専攻)が日本文学で、マイナー(副専攻)がコンピューターサイエンスでした。日本語のいちばん好きなところが、文法がプログラミングと似ていて、すごい論理的なところ。ちょっと語尾を変えると意味が変わる日本語を、まさにプログラムと同じような感覚で覚えました。

――でも、英語の文法も、規則的ではないですか?

 どうですかね。私が思うには、英語は例外が多すぎる。英語の国に生まれて良かった、あんなに例外の多い言葉を後から勉強するのは大変だっていつも思います。

――日本語は、海外の人から「難しい」という評判をよく聞く気がしますが…

 すごく簡単に言うと、日本語は文法では、例外がほぼ限られてる。何が難しいかっていうと、敬語、尊敬語、謙譲語、丁寧語。本当に正しい日本語を話すって、日本人でも難しいじゃないですか。

――本当に難しいです。それにしても、古典にまで関心を持ったきっかけは?

 コンピュータープログラムを勉強していると、Why? Why? Why?(なぜ?なぜ?)がすごく気になりまして。例えば、「負けず嫌い」という言葉、なぜ「負けない」ことが嫌なのか? 実は「負けず」の「ず」は否定ではなく、平安時代の接尾語の、推量を表す「むず」に由来していて「負けるだろうと考えることすら嫌だ」という説があるんですが、調べると方言のルーツも古語から来ていたりするんですね。古典さえわかればもっと現代日本語が分かるんじゃないかって勉強し始めました。

――日本人も勉強になります…。その後、日本で本格的に学んだわけですね。

 そうですね。大学の時に1年間、早稲田大学で日本語を勉強しました。大学院が終わって、文部科学省のJETプログラム(語学指導等を行う外国青年招致事業)で香川県に行って、その後は博士号を取って教授になりたかったんですよ。今もなりたいんですけど。コロンビア大学から入学許可をもらったら長男が生まれて、仕事しないといけなくなり、コンサルティングの会社に入りました。文部科学省の国費留学生の奨学金ももらって、仕事しながら学習院女子大学で研究して、さあ大学に戻ろうと思ったけど、やっぱり子育てにはお金がかかると思って、グローバル半導体企業のAMDに入りました。

日本の「長期視点の経営」は正解

――ビジネスの現場でいろんな国の現場をご覧になっています。

 最初は2年間のつもりが、ポジションが上がって、この世界にしっかり浸かりました。日本にも通算で9年ぐらい住んで、文化も結構分かるようになって、ビジネスにもすごく有利になったと思ってるんですね。

 私はグローバルカンパニーの本社勤務もやったことあるけど、本社と現地法人、お互いに信頼がないんですよね。本社はビジネスのスケールを大きくするために、やり方を統一したい。現地は「いやいや、日本のユニークさをわかってくれよ」。私はどうやって日本の皆さんや、日本の業界に説明すれば受け入れてくるのか分かるし、逆に本社が分かってくれないと困ることも、自分で優先順位をつけて決められるので、うまく間に入って説明できる。すごく重要なポイントだって感じてます。

――先ほど日本語はとても規則的だとおっしゃいましたけど、日本のビジネスはなかなか規則的、合理的ではない独特の慣行が残っているとも言われます。ベネットさんはどう感じますか?

 どんな国でも独特のやり方があると思うんですけど、日本は他の国と比べてもすごい独特。どんな会社でも業界でも、昔からの信頼とか関係性をとても大事にしてる。もちろん日本以外でも関係性や信頼は重要だし、20年一緒にやってるパートナーはすごい大事なんだけど、最終的にはお金なので有利な方を選ぶ。日本は関係を選ぶ会社が多いので、これを本社にいくら言っても伝わらない。

――特にIT業界は、昨日決まったことが明日には通用しない世界だったり…。

 そうそう、スピード感が違うんですよね。その中で、どこまで待たせるのか、どこまでこっちが頑張れるのか、そのバランスを取るのが、私のいちばん大きな仕事じゃないかなって毎日、思ってます。

――変化の速い時代、日本のビジネススタイルもだんだん時代に合わなくなってきていると思うことはないですか?

 すごい面白い質問ですね。これからどうなるかの予測は難しいけど、特に長期で考えると、日本のビジネススタイルはすごいベネフィットあると思うんですね。

 どんな会社でも、短期的利益だけを求めてしまうと、大体失敗するんですよね。たとえばAMDはずっとショートターム、四半期決算しか見てなくて、危ない状況になって。じゃあCPUだけは守りましょうって、初めてロングタームでものを考えた。その決定が今、大成功してるもとにつながってる。日本のスタイルが合わなくなってしまったとは、私は思わない。ただ、たとえばテクノロジーの活用とか投資とか、そこはちょっと遅れてる。

――そうですね、教育や、長期的な投資とか。

 教育分野でも、今の先生がパソコン使えないから配っちゃいけない、なんてだめじゃん。まず配ってから何とかしようよと、もうちょっと早くやってほしかった。今のIT分野の投資を見ても、他の国は新しい分野に投資するのに、日本は既存のインフラにほぼ投資が行ってしまう。既存のこともある程度やりつつ、新しいこともやらないと、バランスがうまく取れないんじゃないかな。

 ただ、コロナの影響で「働き方改革」とかペーパーレスが加速しました。テレワークもテレスクールも増えて、日本はやっと「一家に1台」のパソコンの時代から「1人1台」に加速しました。

"Ready"と思ったときは"Too late"

――先が見えない時代に、どういった信条を胸に働いていけばいいと思いますか?

 難しい質問だね。私はまず"Think big"(大きく考えろ)という言葉を使ってるんですよ。自分が正しいと思ったら怖がらないでやるべき。それと好きな表現が、"Act first and apologize"(まずやってみて後に謝ればいい)、もう一つが、誤解を恐れずに言うと"More speeding tickets, less parking tickets"(駐車違反切符よりスピード違反切符)。

 あくまでビジネスへのたとえですが、車を止めているよりも、少々スピード違反した方が、何かとりあえず動いているからいい。リスクを取るべきだと思います。いい会社だったら、会社がちゃんと守ってくれると思うんですよ。それは私の仕事。失敗してもいいわけ。失敗でも勉強になるわけ。スタートアップ企業は失敗しながらやるじゃないですか。大企業でもそうやるべきだと思う。

――ベネットさんご自身の経験で、"Think big or think small"で迷ったことは?

 ああ、いい質問だね。AMD時代にカナダに赴任して6週間経った頃、いきなり私のマネージャーが、「デビッド、あなたは私の仕事がしたいですか?」と言ってきた。でも「いや、まだ28歳だから」と思って断った。家に帰って、すごい後悔して、「ごめんなさい。是非やりたい」って電話した。新しい機会がある時、自分がReady(準備万端)と思ったときはToo Late(遅すぎる)ってこと。時間とサポートさえあれば、「頑張ればなんとかなる」っていう自信がすごい重要かな。