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東山彰良のTurn! Turn! Turn! #21 続・台湾遠望記 長く長く離れ、見えてきた故郷

文:東山彰良 写真:河合真人

 先月のおさらいをざっとしておくと、私たちは朝日新聞社の社機「あすか」に乗って与那国島上空から台湾を見に出かけた。念には念を入れて飛行機もスタッフも5日間押さえていたのだが、なんとフライト初日の、しかも午前中だけで目的を果たしてしまったのだった。

 ほとんど手付かずで残っているこの5日をどうしたものか?

 せっかく時間も飛行機もあるのだから、このまま福岡へ帰るのも癪(しゃく)だ。帰ればまた馬車馬のように働かされる。冗談じゃない。据え膳を食わぬは、断じておじさんたちの流儀ではない。ざっくばらんに言ってしまえば、もっと旅を楽しんでいきたい。せめてあと1日だけでも。しかし朝日新聞社だって、なにも私たちを遊ばせておくために苦労して新聞を売っているわけではない。働かざる者食うべからずだ。

 「だったら」。私は焦(じ)れて鶴のひと声を発した。「もう1本エッセーを書くからどこか寄っていきましょうよ」

 本欄担当のR記者をはじめ、全員の目がキラリと光った。

 給油のために降りた石垣空港で八重山そばをずるずるすすりながら、さっそく鳩首凝議(きゅうしゅぎょうぎ)と相成った。

 じつは当日の午後に与那国へ上陸して、日本最西端の西崎(いりざき)へ行ってみようという案はすでに出ていた。しかしMキャプテンによればその日は強風で、与那国へ降りるのが極めて難しい。台風のせいで天気は南から下り坂、雨の石垣や沖縄へ戻って無為に時を過ごすよりは、もう少し北上したほうがいいだろうということで衆議一決した。屋久島、奄美大島など、つぎつぎに寄港地の案が出されたが、屋久島では燃料の調達ができず、奄美大島は楽しく観(み)て回るには大きすぎる。私たちは額を突き合わせ、天候がよく、しかも楽しそうな島を真剣に探した。いかなる妥協も許さない検討の結果、白羽の矢が立ったのが種子島だったというわけである。

新型コロナウイルスの影響で観光客もまばらな種子島宇宙センターで記念撮影=鹿児島県南種子町

 行き先が決まると、おじさんたちは安心して「あすか」に乗り込み、その晩泊まることになっている宮古島へ飛んだ。なぜ宮古かといえば、私が行ったことがない島へ行ってみようとMキャプテンが気を利かせてくれたからである。夜は言うまでもなく酒盛りで、一杯機嫌のR記者がつぎはみんなでオーストラリアへ行くぞと気炎を吐いた。まったく観光をしなかったので、宮古島について私の印象に残ったのは、お隣の下地島と合わせて空港がふたつもあるということと、このふたつの島をつなぐ美しい橋があったことくらいである。

 翌日は午前10時に下地島の空港を飛び立ち、午後1時ごろに種子島に着いた。昨晩の泡盛が抜けきれず、私はひさしぶりに飛行機に酔った。カメラマンのKさんは私よりうんと飲んでいたはずなのに、元気潑溂(はつらつ)で途中の島々などを空撮してまわった。仕事熱心なKさんは良い写真を撮ろうと飛行機をしつこく旋回させるので、私は目をぎゅっと閉じて吐き気に耐えねばならなかった。

 正直、種子島に関しては鉄砲伝来の地とロケットが打ち上げられる場所だということ以外、なにも知らなかった。私たちはワゴンタイプの大型タクシーを借り切り、鉄砲を伝えたポルトガル人が漂着した門倉岬や宇宙センターを見物して回った。いちばん印象深かったのは、なんといっても千座の岩屋である。美しい海外線に、海や風の侵蝕(しんしょく)によってできた岩窟がそびえ、私たちは年甲斐(としがい)もなく靴を脱ぎ捨て、素足を海水に浸して洞窟内を散策した。青空には白い雲が低くたなびき、それが濡(ぬ)れた砂浜に淡く映りこんでいるさまは南仏のニースを彷彿(ほうふつ)とさせた(いや、そんなところへは一度も行ったことはないのだが)。

奇岩が並ぶ海岸を歩く=鹿児島県南種子町

 このような美しい浜辺にたたずんでいると、私の耳にはいつも聴こえてくる音楽がある。トム・ウェイツの「サンディエゴ・セレナーデ」とか。

 夜明かしするまで、俺は朝ってやつを見たことがなかった
 おまえが明かりを消してくれなきゃ、陽光なんて見えやしなかった
 長いこと離れてて、やっと故郷ってやつが見えたんだ
 歌が必要になるまで、そんな旋律は耳に入らなかったよ

 与那国の上空から台湾が見えたとき、私はたしかに興奮していた。だけど同時に、一抹の寂しさも感じていた。私は52歳で、台湾を離れて40年以上経つ。ちょくちょく帰っていたとはいえ、やっと故郷の姿がぼんやりと見えはじめた。それくらい長い長い時間が過ぎたのだ。

 足についた砂を駐車場で落としていると、猫たちがごろごろしていた。種子島の猫たちは屈託がなく、声をかけると気さくにひっくり返って腹を撫(な)でさせてくれた。野良だから、体に古傷のあるやつもいた。たんに人間慣れしているだけなのだろうが、こんなにも無防備な猫たちを見ていると、共感にも似たものが胸に満ちてくるのがわかった。

「千座の岩屋」の駐車場にたくさんの猫が。東山さんが頭をなでるとのどをゴロゴロと鳴らした=鹿児島県南種子町

 人も猫もみんな歳(とし)を取った。いくつもの眠れない夜にもんどりうちながら朝の光を見たし、若いころにはなんとも思わなかった歌にも涙するようになってしまった。いいじゃないか。けっきょくのところ、そういう夜や歌を境に、私たちは少しずつ私たち自身になっていくのだから。

 みなさん、良いお年を。=朝日新聞2020年12月19日掲載

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