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プロデューサー・I-DeAを形成した3冊 「多角的な視点からいろんな引き出しを提供したい」

文:宮崎敬太、写真:斉藤順子

 2000年代に入って“ハスリングラップ”というスタイルが日本に登場した。ハスリングとはドラッグディール(麻薬売買)のこと。文字通り街角で麻薬売るような青年たちがラップをするようになった。前回登場してもらったBES、彼やA-THUG、SEEDAが所属していたSCARS、NORIKIYO、MSC。犯罪の現場で動く者しか知り得ない悲哀をリリックに落とし込んで、大きなムーブメントを巻き起こした。彼らの作品に必ずと言っていいほどクレジットされていたプロデューサーがI-DeAだった。今回の読書メソッドはI-DeAというプロデューサーを形成した3冊を紹介してもらう。

上野正彦「死体は語る」

 本書は法医学者の上野正彦が1989年に執筆したノンフィクション。法医学者という職業に馴染みがない人でも、ドラマ「アンナチュラル」のテーマになった職業と言えば思い出す人もいるかもしれない。著者は変死体を34年も扱ってきたベテランの監察医で、さまざまな死の原因を死体から解き明かしてきた。

 「この本は警察で鑑識(現場に残るさまざまな痕跡を採取して分析する部署)をしてた親父が読んでたんです。俺がまだキッズの頃、親父が仕事から帰ってくるとやたらと焦げ臭いことがあって、なんとなくテレビを見たら近所で火事があって誰か亡くなってたり。そういう家庭環境だったから、タイトルがなんとなく気になって読んでみたんです。

 著者の上野さんは遺体を見て、『悲しい』『かわいそう』ではなく『どのようにして亡くなったか』と思うのが仕事。『人間は嘘をつく。死体は嘘をつかない』という信念の下、さまざまな角度から死体を調査分析して、裁判の資料になるレベルまで詳細な資料を作成して死因を突き止める。客観的事実を多角的視点から検証するという意味では、親父のやってた仕事に近いかもしれない。

 俺が初めて知ったのは中学生くらいの頃なんですが、上京して音楽のスキルと知識がある程度身につくと、今度はオリジナリティの壁にぶち当たった。その時、この本のことを思い出して読みました。人と同じ視点じゃなく、物事を多角的に捉えて、誰も気づいてないカッコよさを提示する。まったく違う角度ではあるんですが、自分がレコーディングエンジニアとして関わっていたDEV LARGEも同じことを言ってました。そうしたさまざまな要因が複合して、現在のプロデュースワークが確立しました」

 当時、前述したラッパーたちの間で、I-DeAとの制作は“I-DeA塾”と呼ばれていた。I-DeAはラッパーたちのリリックやフロウに高いクオリティを要求した。だがそれがあったからこそ、ハスリングラップは聴き手の心を強く捕らえた。

 「俺は自らI-DeAと名乗っているので、いろんな人にいろんな引き出しを提供したいんですよ。例えば、『金』をテーマにした曲を作るなら『金』のどこにフォーカスするか。それぞれの感覚があるはずだから、誰もやってないような視点を引き出したかった。俺のプロデュースワークはアーティストのポテンシャルを最大限発揮させて、プラス本人も気づいてない面を探すようにしています。だから当時も今も『そのトピックだったらこういう見せ方や見え方があるよね』みたいな提案をしていますね。そのためには、俺自身がいろんな目線で見る能力を養わなきゃいけないんですが」

ブリザ・ブラジレイラ――ブラジリアン・ミュージック・アラウンド・ザ・ワールド

 前書きに「この本に登場するレコードはブラジル国内で作られたブラジル音楽ではなく、ブラジル以外の国で作られたブラジル人や、彼らに憧れるミュージシャンが作った音楽です」とある通り、本書は広義のブラジル音楽を扱ったディスクガイドだ。2001年にP-VINEから発売された。

 「音楽の専門学校を卒業した後、日雇いのバイトをしてたんです。でも結構キツくて。そしたらSEEDAの1stアルバムをリリースしたP-VINEというレコード会社がCDの出荷のバイトを募集してたので、知り合いのディレクターに頼んで働かせてもらうことにしました。

 この本はそのバイト時代に新刊として発売されたんです。ソウルやジャズ、ファンクは好きで結構レコードを掘っていたんですが、ブラジル系は全然知らなかったので、この本にはかなりお世話になりました。当時は今みたいにネットでなんでも気軽に聴ける時代じゃなかったし、レコ屋で何十枚も試聴するのは申し訳ない(笑)。だからパラパラ見て、ジャケや文で気になったやつをレコ屋で試聴して、良かったらクレジットを見て、作ってるやつの名前を覚えて、また掘る、みたいな。

 タンゴやボサノヴァみたいなラテンのノリはヒップホップと同じ裏拍なんです。ヒップホップはキックとスネアの間にある裏拍から生まれるグルーヴがキモなので、自分は古いラテン音楽のドラムを聴いて、自分がビートを打ち込みで作る時の参考にしてました。あとパーカッションの打ち込み方の勉強にもなりましたね。打楽器の打ち込み方の感覚を自分の中にスキルとして身につける時の参考にもしましたし。初期の自分にとって、この本から学んだことはとてもデカかったです」

HIP HOP CLASSICS 1000

 2007年に刊行されたこの本は、日本のヒップホップ業界の第一線で活躍するラッパー、DJ、プロデューサーがそれぞれの視点から「後世に残すべき」と認定したヒップホップの名盤(クラシック)を年代別に紹介している。参加メンバーにDJ MASTER KEY、DJ KAORIといった大御所はもちろん、オールドスクールの体現者である高木完、ジャパニーズ・ウエッサイの第一人者のDJ PMX、オルタナティブなシーンで活躍していたMitsu The Beatsなど多数。もちろんI-DeAも名を連ねている。

 「これもいわゆるガイド本ですけど、参加してる人がすごい。一口にヒップホップと言っても年代や地域によって全然違う。どんなに詳しい人でもなかなかヒップホップのすべてを網羅することはできないと思うんです。でもこの本はその筋のスペシャリストたちが、自分が好きな作品をちょっとずつ紹介しているので、相当マニアックなところまで広く知ることができる。

 しかもこれに参加している人は、サンプリングネタに関しても、リリックに関しても深く聴いているので、読んでるだけですごく勉強になりましたね。あと純粋に好きな作品を紹介してるから熱量がすごい。みんなやたらと詳しいんですよ(笑)。あと黄金期と言われている90年代以前のヒップホップの背景についても詳細に書かれているので、業界の中の人もこっそりバイブルにしたほうがいいよってレベルです。

 この本は2007年までの作品しか載ってないんですが、自分は音楽の流行は20年周期でアップデートされるイメージがあって。ちょっと前にドレイクがローリン・ヒルの「Ex−Factor」(1998年リリース)をサンプリングした曲を発表してたけど、今の感覚で2000年くらいのヒップホップをディグってみると、当時とは違う視点から聴けるんですよね。BPM100くらいの曲をBPM70くらいまで落として、ビートは倍打ちのトラップっぽい感じにしたり。なおかつリリックのイケてるとこを声ネタに使ったりとか。そういう時にこの本を読むと、新たな発見があるんです。

 ヒップホップは流行に敏感なジャンルだと思うんですよ。ちょっと前にGUCCIに代表されるようなブランドロゴ全開のデザインが流行ってたけど、あれも90年代にあったファッションのリバイバルだし。音楽もただ一周するだけだと古臭いけど、そこに現代のスパイスを加えてアップデートさせると面白くなる。ヒップホップは昔からそういうことをやってきてる」

 最後にI-DeAはヒップホップのプロデューサーらしいこんな言葉で締めてくれた。

 「今回の3冊はいろんな意味で自分を形成する重要なファクターです。今はネットでなんでも調べられるから『ガイド本なんていらないよ』って空気もあるけど、俺はそうは思わない。確かにApple MusicやSpotify、YouTubeを見ればAIが似たようなものをオススメしてくれて、それは普通に音楽を聴く分には便利だと思う。だけど新たな発見を求めてネットを使おうとしてる人にとっては弊害にもなってる。

 俺は探す過程に意味があると思う。自分で探して、見つけて、良いと思って、『俺ならこうする』ってアレンジすることでアップデートされる。それがサンプリングの本質。安易にパクってるわけじゃない。音楽に限らず、まったくのゼロから1を生み出せるのは究極の天才だけ。大多数のクリエイターは、取材や旅行をしたり、俺みたいにガイド本を読んだり、自分なりにネタ探しをしてる。その意味では、書籍にもまだまだ可能性を感じるし、新たな発見が残ってると思うんです」