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追悼・ジョン・ル・カレの世界 ジャンル越えた文学中の文学 作家・松浦寿輝さん

ベルリン国際映画祭で記者会見するジョン・ル・カレ=2001年2月、ロイター

 昨年十二月十二日、享年八十九で亡くなった英国作家ジョン・ル・カレに生涯ついて回った尊称は「スパイ小説の巨匠」というものだ。しかし尊称は蔑称ともなりえて、特定のジャンルの形式や決まり事に則(のっと)って書かれた小説を英語では「ジャンル・フィクション」と呼び、日本流に言えば「純文学」より格下の通俗小説という扱いになる。しかし、彼はそうした意味での「ジャンル・ライター」をはるかに越える存在だった。

 ル・カレの小説になぜブッカー賞が与えられないのか、彼こそ二〇世紀後半の英国が生んだ最重要の作家なのに、と言ったのはイアン・マキューアンである。英国「純文学」界の雄であるマキューアンがそう断言しているのだ。わたしはその意見に完全に同意する。犀利(さいり)で繊細で、ときには冷酷きわまる視線で人間性の奥底まで透視し、個人や集団が歴史の現実に翻弄(ほんろう)され、それと闘い、それを生き延びてゆくさまを、緻密(ちみつ)に組み立てられたプロットによって鮮烈に描き出してみせたル・カレの作品群は、もしこれを「文学」と呼ばないなら何を「文学」と呼ぶのかと言いたくなるような傑作揃(ぞろ)いである。

自分は誰なのか

 その中から代表作を選ぶのは難しいが、後年の重厚な大作群と比べるとやや小ぶりながら、彼の名を一挙に世界に知らしめたという意味で、長篇(ちょうへん)第三作の『寒い国から帰ってきたスパイ』はやはりまず第一に挙げなければなるまい。スパイと言えば007シリーズのような、スーパーヒーローの活躍する夢物語に慣れていた当時の読者にとって、米ソ冷戦時代の諜報(ちょうほう)戦の苛酷(かこく)な現実をツイストの利いた密度の高い物語へと溶かしこんでみせたこの小説の出現は、少なからぬ衝撃を与えたのである。

 スパイの、とりわけ二重スパイの人生には、裏切り、欺瞞(ぎまん)、孤独、疑懼(ぎく)、恐怖がつきものだ。仮面と内面は絶えず乖離(かいり)し、演技と本音が交錯し、しまいには自分が誰なのか自分でもわからなくなる。ごく特殊な職業なのに、そこにはすべての人間存在の最深部に淀(よど)む黒々とした謎の数々が、凝縮された姿で立ち現われる。そのさまを徹底的に描ききった大作が、『パーフェクト・スパイ』(上・下、村上博基訳、ハヤカワ文庫NV・品切れ)である。

つけは必ず回る

 一九八九年の冷戦終結とともに、スパイ小説作家は書くべき主題を失ったと言われた。しかし、ル・カレが瞠目(どうもく)すべき活力で自身の小説世界を拡大していったのはむしろそれ以後である。民族紛争、テロ、大企業による搾取など、題材は多岐にわたったが、ここでは違法な武器取引の問題を扱った『ナイト・マネジャー』を挙げておく。酷薄な武器商人をきわめて魅力的な悪党として描き出しつつ、そこに何か絶望的な匂いのするラブロマンスを絡ませてゆく筆致の冴(さ)えには脱帽するほかない。

 八十代後半に入ったル・カレが『スパイたちの遺産』を発表したとき、そのしぶとい作家根性と衰えない情熱に、わたしは心底驚嘆した。かつての出世作の『寒い国から帰ってきたスパイ』に立ち戻り、たとえ半世紀以上の歳月が経過しようと、裏切りや欺瞞に決して時効はない、つけは必ず回ってくるという残酷な真実を突きつけてみせた。スパイたちが背負った負の「遺産」とは、刑事罰の対象となる犯罪(crime)ではなく、永遠に赦(ゆる)しを得られない道徳上の罪業(sin)だからである。

 これはほとんど、カフカ的不条理の色彩に染め直されたドストエフスキー的世界である。最晩年に至って自身の作品世界の円環を見事に閉じてみせた――あるいはむしろ、円環を調和的に閉じることの不可能性を実証してみせた、間然するところのない作家人生だったと言える。=朝日新聞2021年1月16日掲載