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器変われば、まるで別もの 湊かなえ

 年の瀬のある日、切ったリンゴを盛りながら、ふと思いました。何でこんなショボけた皿を使っているんだろう、と。15年以上前に、ガソリンスタンドのポイントカードを集めてもらった、平皿です。かつてはくっきりと写っていた可愛らしいクマが、まるで回想シーンのように、ぼやけてしまっています。

 我が家の食器は、旦那と私がそれぞれ一人暮らしで使用していたものに、結婚祝いの品が加わった状態から始まりました。私の食器は実家から持って出たもの(主に景品)がほとんどでした。そこに、友人の結婚式の引き出物や景品などが加わり、よくよく考えてみると、自分で選んで買ったこだわりの品というものがほとんどありません。

 買い足す場合も、出産後は子どもの成長を基準に、壊れても惜しくない百円均一のものや、子どもの好きなキャラクターのものが増えていきました。

 繊細な食器を特別扱いすることもなく、お祝いや引き出物のオシャレな食器たちは、元はペアであったはずなのに、気が付けば、そのほとんどが伴侶を失い、棚の奥でひっそりと寂しい余生を送っています。一軍として活躍するのは、丈夫さだけが取り柄(え)の年季の籠(こも)った選手ばかり。そろそろ引退してもいいのでは?

 進学した子どもは、きれいな食器とともに新生活を始めている。私も自分のために食器を買ってみよう。

 その思いで向き合うと、世の中にはステキな器が溢(あふ)れていることに気付き、新しい扉が開きます。陶芸の産地、窯元、陶芸家……。人気作家の作品は、オンライン販売開始数分後には売り切れてしまうとは!

 器を使いたくて、それに合う料理を作るようになりました。お腹(なか)だけでなく、心も満たされます。とはいえ、仕事が忙しくなると、最低でも三日間、同じおかずが続くようになりますが、食器が変わるとまるで別のものを食べている気分になれる、という大発見とともに、充実した新年を迎えることができました。=朝日新聞2021年1月20日掲載

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