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藤井省三さん「魯迅と世界文学」インタビュー 清張や莫言への流れ読解

藤井省三さん

 漱石『坊つちやん』→魯迅『阿Q正伝』→村上春樹『1Q84』。
 通常の名前を持たずに孤立し、共同体の欠陥を一身に集めながら、それを浮き彫りにする「阿Q」像の系譜を、かつて描いた。この本では、魯迅→松本清張→莫言という東アジア・ミステリーの系譜をはじめ、世界文学の中で魯迅を読み解く。

 ノーベル賞作家・莫言の『酒国』は清張の『眼(め)の壁』を参考にしているが、原点は魯迅「狂人日記」であること。トルストイ『アンナ・カレーニナ』に、魯迅と莫言は関心を寄せていたこと。英国の作家バーナード・ショーと魯迅の出会いから中国の作家・張愛玲は学び、小説「傾城の恋」を書いたことなどをたどる。

 藤井さんが魯迅を初めて読んだのは小学5年のとき。短編「故郷」だった。「仲良くしている友だちが20年後に裏切るのか。つらいだろうなと『喪失の予感』を覚えました」

 中国に憧れ、東京大学中国文学科へ。社会主義の中国を手がかりに、行き詰まった日本の近代を考えようとした。1979年、上海に留学。「1年間中国を見て、日中の近代化を単純に比べるのは、間違っていたんじゃないかと思いました。二国間ではなく第三の軸を入れたら、もう少し客観的に見られるのでは」と考え、魯迅と漱石が読んだロシアの作家アンドレーエフの影響を比較したのが最初の著書『ロシアの影』だ。「それが出発点なので、世界文学という視点はずっとありました」

 『風の歌を聴け』から『猫を棄(す)てる』まで、中国への関心がうかがえる村上春樹作品にも注目している。

 魯迅のどこにひかれるのか。
 「阿Qは、中国文化の悪や影を一人で背負っている。それを突き放すのではなく、阿Qの幽霊が自分の頭の中にいる、阿Q批判とは自己解剖なんだ、という感覚が素晴らしい」(文・石田祐樹 写真は本人提供)=朝日新聞2021年1月30日掲載