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東山彰良のTurn! Turn! Turn! #22 大阪 善き哉、愛すべき浮世離れ

文:東山彰良 写真:河合真人

 自分とは縁もゆかりもない外国の小説を読んで、どうにも懐かしさを覚えてしまうことがある。いったいなぜ? ウィリアム・サローヤンは自身の一族についての短篇集『僕の名はアラム』の序文で次のように書いている。

 《これが私たち一族にとって真であるならおそらくほかのすべての人にとっても真であるはずであり、それでいいのだと作者は考える。》

 まったく同感である。ようするに、こういうことだ。偉大な作家は普遍的ではない個人的な物語のなかにこそ普遍性が潜んでいるという真実を知っている。

 私が今回の旅に大阪を選んだのは、織田作之助ゆかりの地を巡ってみようと思い立ったためである。なぜなら私にとって、織田作之助は間違いなく偉大な作家のひとりだからだ。代表作の『夫婦善哉(めおとぜんざい)』はある夫婦の愛憎をユーモラスに描いた作品だけど、彼らの悲喜こもごもの日常はきわめて個人的で、空間的にも大阪の町を出ない。にもかかわらず、この短い物語はたしかな普遍性でもって私の魂を捉えて放さない。

法善寺横丁にある織田作之助自筆の文学碑には「行き暮れて ここが思案の善哉かな 作之助」と彫られている=大阪市中央区難波

 そんなわけで、私と本欄担当R記者は大阪に降り立ったのだった。

 私たちはまずオダサクが贔屓(ひいき)にしていた自由軒の名物カレーで昼食をとった。ふつうのカレーライスとは少々趣が異なり、どちらかといえばカレーリゾットと言ったほうが近い。生卵が落としてあって、ウスターソースをぶっかけて食うのだが、これがピリリと美味(うま)かった。

 ところで我らがR記者、ふだんは福岡勤務だが、じつは大阪でとれた。そのせいかどうかは知らないが、妙に面の皮の厚いところがある。今回の旅でもその鉄面皮を遺憾なく発揮し、なんと我々の漫(そぞ)ろ歩きに大阪在住の直木賞作家、朝井まかてさんをひっぱり出してきて道案内をさせたのである!

 まさに大器小用、牛刀割鶏と言うほかないが、待ち合わせ場所の喫茶店にふらりと入ってきたまかてさんを見て、私のテンションは否(いや)が応にもあがった。というのも、来しなの新幹線でまかてさんの『阿蘭陀西鶴(おらんださいかく)』を読んでいたからだ。この小説を読めば、オダサクが井原西鶴を敬愛していたというのもうなずける。『夫婦善哉』には古き良き大阪のイメージがぎゅっと詰まっているが、『阿蘭陀西鶴』もまたしかりだ。そしてどちらの作品も、個人的なあれやこれやの向こう側にある普遍的な人間の在り様と幸福が描かれている。怒涛(どとう)のような大阪人のあつかましさとやかましさに翻弄(ほんろう)されているうちに、気がつけば読者は手に幸せを摑(つか)んでいるのだ。

 私たちはそろって『夫婦善哉』の舞台にもなった法善寺へ参り、それから千日前通をてくてく歩いて生國魂(いくくにたま)神社まで行った。生國魂神社は西鶴が一昼夜で四千もの俳句を吟じた場所である。敷地内にある西鶴の座像とオダサクの立像に手を合わせたあとは上町筋をぶらつき、黄昏(たそがれ)の誓願寺で西鶴の墓所にも参拝した。

生国魂神社にある井原西鶴の座像。この地で一昼夜独吟4千句の矢数俳諧に成功した=大阪市天王寺区

 夕食は作家の澤田瞳子さんが合流することになっていたので、タクシーをすっ飛ばして天王寺へ。天王寺には有名なあべのハルカスがあり、なかなかにオシャレな界隈(かいわい)だった。R記者によればかつての天王寺はオシャレにはほど遠く、どちらかといえば「じゃりン子チエ」の世界だったそうだ。まかてさんがさっそくたこ焼きとビールを買ってきてくれたので、路地ではふはふ頰張った。大阪の路上でたこ焼きを立ち食いするのは、たとえるならインドの路上でカレーを手づかみで食べるのと同じくらい愉快だった。

 夕食時にちょっとしたサプライズが用意されていた。まかてさんが、ハードボイルドな作風で知られる黒川博行氏を招いていたのである。私たちは大いに食べ、飲んだ。黒川さんとは初対面だったのだが、豪快にして繊細な方だという印象を持った。みなさん、ありがとうございました。おかげさまで愉快な道中になりました。

 さて、織田作之助よりもどちらかといえば井原西鶴寄りになった今回の大阪漫遊だが、私としては申し分なかった。だって予定どおりにいかないのが旅の醍醐味(だいごみ)だし、人生の次なる扉はそのようにして開いていくものなのだから。

法善寺がある難波地区。周辺の通りにはきらびやかなネオンが連なる=大阪市中央区

 今回の旅に関して言えば、オダサクも西鶴もたどり着いた境地は同じなのではないかという発見があった(いや、きちんと西鶴を研究したわけではないので迂闊〈うかつ〉なことは言えないが)。書いても書いても暮らし向きはよくならず、それどころか流砂に呑(の)まれるように少しずつ没落していく西鶴は、それでも盲目の一人娘とともに飄々(ひょうひょう)と生きていく。浮世に首までどっぷり浸(つ)かりつつ、なんとも浮世離れしたその姿が『夫婦善哉』の柳吉と重なる。妻子を棄(す)てて好いた女と所帯を持ったまではよかったが、商売をやるには堪(こら)え性がなく、一発逆転ばかり狙うくせに詰めが甘いものだから、こちらも零落の一途をたどる。もっと言えば『僕の名はアラム』に出てくるサローヤンの一族も救いようのない極楽とんぼばかりだ。砂漠にザクロの木をどっさり植えて破産してしまったメリクおじさんとか。

 私が馬鹿のひとつ覚えみたいに唱えてきた普遍性ってやつは、そう、少なくとも部分的にはそういうことなのだ。どんなにままならない人生でも、それでも浮かぶ瀬はあるさという西鶴や柳吉やメリクおじさんの愛すべき開き直りに、私はいつでも慰められる。もちろん、それは私の個人的見解にすぎない。しかし私にとって真であるなら、あなたにとっても真であるかもしれないではないか。=朝日新聞2021年1月30日掲載