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現代にもつながる男たちの生き様 「殉教者」など澤田瞳子さんが薦める新刊文庫3冊

澤田瞳子が薦める文庫この新刊!

  1. 『殉教者』 加賀乙彦著 講談社文庫 693円
  2. 『遺訓』 佐藤賢一著 新潮文庫 1045円
  3. 『乱丸 新装版』(上・下) 宮本昌孝著 徳間文庫 各880円

 男たちの真摯(しんし)な生き様が胸を打つ三冊。

 (1)主人公・ペトロ岐部カスイは、日本人で初めて聖地エルサレムを訪れた江戸初期のクリスチャン。本書に接した読者は主人公のそんな気の遠くなるような長旅とともに、苦難の日々によって信仰を深める彼の内なる旅路の豊潤さに刮目(かつもく)するだろう。国境とは関係なく存在する宗教の普遍性と自省を繰り返す主人公の対比は、現代の我々にも信仰とは何かとの問いを投げかける。鎖国制度のため、早くから閉鎖的だったとの印象を持たれがちな日本観を覆しもする一冊である。

 (2)物語の始まりは明治六年。あの沖田総司の甥(おい)が主人公との設定も興味深ければ、明治維新の立役者・西郷隆盛と戊辰戦争の敗者である庄内藩の知られざる絆にも胸が躍る。西郷の「遺訓」を通じ、侍の世の終焉(しゅうえん)と近代社会を描く著者の眼差(まなざ)しは、現代の我々の生き様をも射程に入れている。叔父にも劣らぬ剣の遣い手である主人公の剣戟(けんげき)シーンも忘れてはならぬ読みどころ。なお著者は本作の前日譚(たん)たる『新徴組』で庄内藩の戊辰戦争を描いており、併せて読むのもお勧めだ。

 (3)主・織田信長とともに、十八歳で亡くなった森蘭丸もとい乱丸。短くも激しい彼の生涯を、個性的な戦国大名たち、あの大盗賊・石川五右衛門との相克、更にはキリシタンの女・アンナとの恋愛など手に汗握る物語が彩る。戦いだけではない戦国期の濶達(かったつ)さと奥深さを味わえる筆致は、この時代の歴史小説を読みなれた読者をも虜(とりこ)にすること請け合いだ。=朝日新聞2021年2月6日掲載