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東山彰良のTurn! Turn! Turn! #23 筑後の酒蔵 美酒を醸す、秒単位の技

文:東山彰良 写真:河合真人

 2020年はコロナの年だった。しかし年が明ければ事態は好転するのではないかと、誰もがほのかな期待を抱いていたはずだ。ところが蓋(ふた)を開けてみればどうだ! 自粛自粛だった昨年がまるで子供騙(だま)しに思えるほどの感染爆発である。

 昨年も四季折々のエッセーをいろんなところで書き散らした私だが、もうコロナから文章を書き起こすことにはうんざりだ。それでも、触れざるをえない。このご時世にコロナに言及しないのは腕の悪いギャンブラーがイカサマをしているみたいで、書いていて嘘(うそ)っぽいし、読んでいて鼻白む。

 そんなわけで、福岡県でも2度目の緊急事態宣言が発出される瀬戸際のある日、私は前々から楽しみにしていた筑後の造り酒屋、山の壽(ことぶき)酒造へ出かけていった。新酒の仕込みを見学するためである。

片山郁代社長(左)から仕込みタンクについて説明を受ける東山彰良さん=福岡県久留米市の山の壽酒造

 ざっくばらんに言って、私は酒のことにかなり詳しいほうだ。そりゃたしかにあの鼻持ちならないスコッチ至上主義者どもほど詳しくはないが、日本テキーラ協会公認のテキーラマエストロの資格は持っているし、クラフトビールについても一家言ある。ラムにおけるアグリコール・ラムとインダストリアル・ラムの違い、バーボンにおけるサワー・マッシュ製法などもちゃんと説明できるし、バーで飲んでいて見知らぬ客から「これはぜひ酒の分かる方に飲んでほしい」と酒を奢(おご)られたことだってある。

 正直なところ、私には酒の良し悪(あ)しなどちっとも分からない。良い酒もつまらないやつと一緒に飲めば不味(まず)いし、安い酒でも気心の知れた人たちと飲めば命の水だ。よく言われることではあるけれど、酒そのものより酒を飲む時間が好きなのだろう。私が漠然と知っているのは自分の好みだけだ。日本酒に関して言えば、「華やか」「すっきり」などのキーワードにそそられる。山の壽はそんな私の好みによく合っているので、数年前からちょくちょく飲んでいる。

酵母について説明を受ける東山さん=福岡県久留米市の山の壽酒造

 午前9時、数日前に降った雪の残る久留米市は北野町にある山の壽酒造に着くと、検温と手指消毒の後、まずは社長の片山郁代氏から日本酒造りについてのレクチャーがあった。

 複雑なプロセスをかいつまんで言えば、

  1. 日本酒造りはまず米を水に浸すところから始まる。ここからいきなり秒単位の精確(せいかく)さが求められる仕事だ。
  2. つぎに狙い通り吸水させた米を蒸し上げ、種麴(こうじ)をふりつける。麴米をつくるわけだが、ここでもまたコンマ以下の温度管理が求められる。
  3. 麴米は水と麴の入った小ぶりのタンクに酵母とともに投入され、酒母が造られる。酒母とは読んで字の如(ごと)く、日本酒の元になる原始の醪(もろみ)である。
  4. 数日後、出来上がった酒母を2千リットルの仕込みタンクへ移し、これに3回に分けて米、水、麴を仕込んでいき、醪となる。この段階も、もちろんコンピューターによってしっかりモニタリングされている。
  5. そのようにして30日間かけて丁寧に造られた醪を、巨大なアコーディオンみたいな圧搾機にかけて清酒を搾り出すという寸法である。仕込みタンク1本で一升瓶が900本くらい取れるという話だった。

もうもうと湯気が立ち上る熱々の蒸し米。素手でほぐして粗熱を取る。=福岡県久留米市の山の壽酒造

 今回の酒蔵見学では、(2)と(3)の作業を見ることができた。凍えるような寒さの作業場のなかで、蒸し上がったばかりの米を社長以下4名の社員たちが手を真っ赤にしてならしていた。これは蒸米の粗熱をとるためで、その温度帯も前もって細かく決められているのだった。

 なんと根気と忍耐のいる作業なんだろう!

 私はメキシコでテキーラの蒸留所を見学したことがあるのだが、大雑把なテキーラ造りとは大違いだ。畑から採ってきた原料のアガベ(竜舌蘭〈りゅうぜつらん〉のこと。アロエの親分のような格好をしています)をレンガの窯で蒸し上げるのはそのへんの農民だし、蒸し上げたアガベを轢(ひ)き潰すのはロバの仕事だ。発酵だってそれほどデリケートな作業だと思えない。潰したアガベを発酵させて出来るプルケ(ドブロクみたいなもの。これを蒸留器にかけてテキーラを造る)なんて、そのへんの店で勝手に造って売っていた。私が見たところ、もしテキーラを造る過程でコンピューターの出る幕があるとすれば、それはたぶん蒸留器を制御するときくらいだろうか。ましてや秒単位の品質管理なんて!

 私の好きな「華やか」「すっきり」について尋ねると、それは酵母の香りなのだと片山社長が教えてくれた。事前に勉強をしていたので、私は日本醸造協会が酵母を販売していることを知っていた。
 「うちのは協会系の酵母だけじゃないんです。自分たちでいろいろブレンドしているんですよ」
 快活な片山社長は、自社の酒を置く店には必ず足を運び、みずから酒の保管状態などを確かめるのだと言う。
 「台湾にもうちのお酒を置いてもらってる店があるんですよ」

 そりゃいい。

 コロナが終息した暁には、台湾に帰ってぜひ飲んでみよう。友達を集めて、彼らがうんざりするまで酒造りの蘊蓄(うんちく)を一席ぶってやるのだ。山の壽酒造は近くに単線電車がのんびり走っててね、盆地だから冬は冷える、つまり酒造りにはもってこいなのさ、小さな蔵なんだけどみんなよく勉強してるよ、うん――。

 いまから楽しみである。=朝日新聞2021年2月20日掲載

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