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『「メカニクス」の科学論』書評 ものを考えぬ部分が高度に発展

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2021年02月27日
「メカニクス」の科学論 著者:佐藤文隆 出版社:青土社 ジャンル:自然科学・科学史

ISBN: 9784791773329
発売⽇: 2020/12/24
サイズ: 19cm/249p

「メカニクス」の科学論 [著]佐藤文隆

 学問の進展に伴い、研究者の専門分野は必然的に狭くなる。これは特に科学分野で著しい。優れた科学者の多くが人文社会科学にも通暁していた時代は、はるか昔のこと。(最後の?)例外が本書の著者であろう。
 物理学の基礎である「メカニクス」は歴史的に力学と和訳される。しかし、ギリシャ哲学ではメカニカルと「身分が卑賤(ひせん)」は同じ意味だったそうだ。今でも、機械的という形容詞はそのニュアンスを残している。
 現代の我々が連想するような機械が誕生する以前から存在したメカニカルという単語は、心ある人間とは異なり「ものを考えない」さまを意味していたのだ。
 しかし哲学や神学を含む伝統的学問体系からメカニカルな部分だけを取り出すことで、科学は高度な発展を遂げてきた。最近の人工知能・機械学習ブームは、科学にさらなるメカニカル革命をもたらしつつある。
 「メカニクスの下克上」「学問ではなくメカニクスを導入」「正しさをメカニクスへ」「多様な価値観とメカニクスの中立性」「メカニクス専門主義の野蛮性」など全13章からなる本書は、メカニクスというキーワードを軸として、科学史に沿った科学論の重要テーマをひもといていく。端的に本質を言い尽くすことのできる著者のコピーライター的文才の面目躍如だ。
 自ら「物書きは私のエートス」と宣言する著者は、科学者らしく無意味なレトリックを排し、硬軟織り交ぜた文章を操ることのできる類いまれな「物書き」だ。
 硬派の本書とは異なり、8年前の共著『「科学にすがるな!」宇宙と死をめぐる特別授業』では一転、「感動しない」熱血頑固学者の本領爆発が楽しめる。
 学術会議任命拒否問題に象徴されるように、反知性主義が台頭しつつある。心の通わない菅義偉首相のメカニカルな答弁を他山の石として、科学者もメカニクスとの共存のみならず、そこからの脱却を目指すべき時代なのかもしれない。
    ◇
さとう・ふみたか 1938年生まれ。京都大名誉教授。物理学者。著書に『量子力学は世界を記述できるか』など。