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映画「ゾッキ」監督の齊藤工さん×俳優初挑戦のコウテイ・九条ジョーさん  「伴」になるために生きてきた!?

文:田中春香、写真:有村蓮

誰かが撮るぐらいなら僕が

――今回が俳優初挑戦となる九条さん。齊藤監督が九条さんを伴に抜擢した理由を教えてください。

齊藤工(以下、齊藤)『ゾッキ』映像化のプロジェクトは2018年ごろから動き出していて、もともと僕は違うパートの監督をする予定でした。でも、「伴くん」は原作の短編集の中で最も惹かれる物語だったので、この先、他の誰かが撮るぐらいなら僕が、という思いで担当することを決めました。ただ、なかなか納得いくキャスティングに出会えていなかったんです。そんな時に「ネタパレ」(フジテレビ)の収録でコウテイさんを見て。まずネタが圧倒的におもしろかった。

九条ジョー(以下、九条)……工さん!!!

齊藤:下田(真生)さんという、天才がいたんですよね。

九条:なんでですの! 僕もいたでしょ!

齊藤:(笑)。いやでも、九条さんのたたずまいを見た時に「あれ?」って、奇妙な残り香のようなものがあって、2~3日、九条さんを想う日が続いたんです。

九条:めちゃくちゃ嬉しい……。オファーを受けた時は「ドッキリ番組かな?」って思ったんですよ。

――九条さん、初の映画撮影の現場はいかがでしたか。

九条:同じシーンをカメラの位置を変えて何回も撮ることが衝撃でした。「またおんなじセリフを言うんかい」って(笑)。映画ってこうやって作られてるんですね。

齊藤:過酷なシーンもすごく多かったしね。どしゃぶりの雨の中のシーンとか。海風のある極寒の2月だったので、“人が凍っていくサマ”を見たというか……。

九条:そうですよ! 工さん、ストーブの前で暖取りながらモニター見てて、僕だけびしょ濡れで! 最初に工さんから「濡れ場がある」って聞いてたから、木竜(麻生)さんとそういうシーンができるんかなって思ってたら、ホンマの「雨の濡れ場」だった。

©️ 2020「ゾッキ」製作委員会

齊藤:でも、九条さんの出で立ちってすごく絵になるし、ああいうシーンはめちゃめちゃハマるなぁって思いましたね。九条さんの素敵な部分をどうにかしてえぐりだしたいという思いで撮影に臨んだので、この作品をきっかけに、映画の世界で活躍してくれたらいいなと思います。初めての映画の現場としてはかなりハードなものを味わわせてしまったなとも思いましたが、出来上がった作品にその時の九条さんの想いとか、旨味とかが映ってるはずです。

納得するもしないも監督次第

――九条さんは普段はコントで、自分が考えたキャラクターを自分で演じています。自分ではない誰かが作ったキャラクターを、他人の演出で演じるおもしろさはありましたか?

九条:自分で作ったキャラクターを演じるというのは、納得するもしないも全部自分次第なんですよね。監督がいて、試行錯誤しながら演じていって「OK!」という確たるものをその場でもらえるっていうのはおもしろい経験でした。お笑いでネタをやる時には、そういう「これでOK」みたいなものはなくて、ずっと未完成のままやから。そこは大きく違うと思います。演じていて、「今のでええの?」って思う瞬間もあったんですけど、それは僕の主観で、監督の中では完全にビジョンが見えているからそれでいい、ということも新鮮でした。

©️ 2020「ゾッキ」製作委員会

――齊藤監督は漫画原作の作品の監督は初挑戦でしたよね。大橋裕之さんの作品は最小限の絵の情報に、感情がぎゅっと詰まった作風ですが、そういった漫画作品を映像化することの難しさはありましたか?

齊藤:大橋さんの作品って無駄がなくて完璧なんですよ。だから、太刀打ちしようと思うこと自体が間違っていると思ったし、魅力的な生身の人間を映すことしか作品の成功への活路はないと思っていました。

九条:共演した牧田役の森優作さんが、どんどん僕を伴に引き寄せてくださったんですよね。撮影初日、ロケ先の夜に森さんが連絡をくれて、一緒に飲みに行ったんです。緊張もしていたし何もわからなかったので、本当にあれですごく気が楽になりました。

齊藤:森さんがそういうカバーをしっかりしてくれていたこともあって、カメラ前でのふたりの距離感が、もう、「伴と牧田」だったんですよ。このふたりをただ撮れば、作品として成立すると思えた。そこは本当に助かりました。

――好きなシーンはありますか?

齊藤:森さんの、九条さんをちょっと見上げる目線の角度が、伴へのたくさんの思いを全て物語っているように見えて、とにかくそこがよかったです。原作にないシーンとしては、教室のカーテンの中でふたりでくるまっているところですかね。撮影の前日にたまたまテレビで、中川大志さん主演のラブコメ映画(『きょうのキラ君』)の番宣を観て、「カーテンの中にくるまってキスをする、壁ドンの進化系」というものが紹介されていて「これだ!」と思い(笑)、やってもらったんです。雰囲気のある独特のシーンになりました。

鬱屈とした気分の清涼剤になれば

――「伴くん」は、友達のいないふたりがひょんなことから急接近して関係を育んでいく作品です。おふたりはそれぞれどんな学生時代を過ごしていましたか?

齊藤:今振り返ると、一番何かが研ぎ澄まされていた時だった気がします。大人になると、だんだんいろんなことが予測できるようになるじゃないですか。そういうブレーキのようなものが無く、気持ちが開けていた時期だと思います。高校生のころ、バックパッカーみたいなことをしてたんですけど。

九条:高校生のころですか!?

齊藤:そうそう。『青年は荒野をめざす』(五木寛之)とか『深夜特急』(沢木耕太郎)を読んで。若気の至りだよなって思いながらも、休みを利用して世界を旅していたんですよ。それで、いざ高校を卒業した時に、自由になったはずが、不自由に思えたんです。自由過ぎて。校則というルールがある中で見つけた自由が、自分にとっては本当の自由だったんだと気づきました。囲いの中にいるからこそ、「外」を思えるんだなって。

大橋裕之さんが描く学生時代って、卒業後が結構切なく描かれていて、生きていくために、何かを諦めて大人になっていく人たちがたくさん出てくる。それは逆に言うと、学生の自由さを描いているということだとも思うんですよね。

九条:僕は、伴みたいな学生だったんですよ。家に多額の借金があったので、子どもの教育だけはと親が考えて、80人しか同級生のいない中高一貫の進学校に入ったんですけど、すごく狭い世界に感じて、窮屈だったんです。勉強が正義だ、みたいなことが嫌になってしまって、ちょっとずついじめられるようになって、誰とも話さず、伴のように孤立していました。

その頃たまたまテレビで見たお笑いがすごくおもしろくて、こんなに自由で好きなことをやってお金がもらえる世界があるんやって、そこから道が開けたような感じがあって。その感覚が、作品の中の「牧田の姉ちゃんを好きになった伴」の感覚に近いように思いました。自分の中で何かが弾ける感じというか。まさに、伴を演じるべくして過ごしてたのかなぁというぐらい。

齊藤:伴になるために生きてきたと。

九条:はい(笑)。僕にも澤田という友達がいて、そいつが牧田みたいなやつで、ずっとふたりでゲームしたり、公園で喋ったり、本当に、牧田と伴みたいな関係だったんです。大橋さんは、「誰かがどこかで経験したことのあること」をうまく切り取ってオムニバスで描いてくれている。僕にとってはそれがたまたま「伴くん」やったんです。でも現実の僕はまだ、「お笑いで革命を起こしたい」という学生時代の気持ちのまま走り続けていて、物語のように「結婚する」みたいな次の展開には行っていない。だから、気持ちとしてはまだ「伴くん」の作品の中にいる感じなんですよね。

――『ゾッキ』は愛知県蒲郡市ののどかな雰囲気と、クスッと笑えるバカバカしさが、観る人をほっとさせますよね。新型コロナで何かと心のすり減っているこのタイミングに観ることができてよかったと思えた作品でした。

齊藤:新型コロナのニュースが飛び込んできたのは、撮影のちょうど終盤のころでした。言葉にできない気持ちを抱えながら、なんとか撮影を終えたという感じでした。

この1年間、気を抜くと本当に危うい年でしたよね。ひとりでいる人だけでなく、家族がいたとしても孤独を感じてしまうこともあったろうし、実際に仲間も失いましたし。そういう時に、映画だったり、お笑いだったり、エンターテイメントが、自分の中に息継ぎのように新しい呼吸を取り入れてくれて、エンターテイメントの役割を痛感しました。『ゾッキ』の作品の世界観が、今、どこかで鬱屈とした気持ちを抱えている人の清涼剤になってくれればと思います。