1. HOME
  2. 岡崎琢磨『貴方のために綴る18の物語』先行公開
  3. 岡崎琢磨『貴方のために綴る18の物語』 インタビュー 【先行公開#3】

岡崎琢磨『貴方のために綴る18の物語』 インタビュー 【先行公開#3】

『貴方のために綴る18の物語』 ひきこもり 【先行公開#2】はこちら

2. インタビュー

 その質問に答える前に、初恋の話をしてもいい?
 いや、わかってるって。こんな三十路女の初恋の話なんて、別に聞きたかないだろうってことくらいさ。わたしだって、何の脈絡もなしにそんな話を切り出すほど、トチ狂ってるわけじゃない。
 ちゃんと答えようと思ったら、そこから始めるしかないんだよね。だからさ、まあ聞いてやってよ。長くなるかもしれないけど、せっかくこうしてインタビューしてもらってる以上、こっちも適当なこと言いたくないからさ。

 わたしが育った家は、群馬の田舎のほうにある。
 幼いころは、賃貸アパートを転々としてたらしいんだけどね。物心ついたときにはその一軒家に住んでた。親からしたら、夢のマイホームってやつ? 駅から近いことだけが売りの、おしゃれでもなければ広くもない、どこにでもあるような安普請でさ。たぶん、土地を含めても三千万円もあれば建つんじゃないかな。東京にいたら、ちょっと信じられない額だけど。
 隣の家も似たようなものでね。いや、実際の値段がどうだったのかは知らないよ。だけどまあ、傍目(はため)にはどんぐりの背比べって感じの家が並んでたわけだ。その隣の家に、憲介くんって男の子が住んでて。どんな子って、ルックスはまあまあ整ってたかな。いまで言う塩顔で、体型はひょろっとしててね。性格は、どちらかと言えばやんちゃ。
 その憲介くんが、わたしと同い年でさ。一緒に外で遊んだり、お互いの家に行き来したりしながら、まるできょうだいみたいにして育った。
 わたしは彼のこと、ケンちゃんケンちゃんって呼んでて――あ、ここ、使うなら仮名にしといてね。理由はあとでわかるよ。とにかく、ケンちゃんとはずっと仲よくて、まあときどきはケンカしたりもしたけど、隣にいるのが当たり前みたいな関係のまま、小学校の高学年になった。思春期にはまだ少し早くて、何の甘酸っぱい展開もなく、ね。
 当時、人気だったのがあの、『ワードパラダイス』っていうバラエティ番組。若手芸人がいっぱい出てきて、ダジャレみたいなのを一ネタ言って、おもしろさでランク付けするっていう内容でさ。いま見るとわりとくだらないんだけど、これが世間に大ウケしてね。出演してる芸人さんたちはアイドルみたいな扱いを受けたりもして、ちょっとした社会現象になってた。ほら、番組レギュラーだった女の子の二人組がさ、おっぱいを寄せながら「それがどうした」っていうギャグ、すっごい流行ったよね。確か、その年の流行語大賞にもなった。
 そのワードパラダイスに、わたしもケンちゃんもハマってたんだ。放送が毎週火曜日だったから、水曜の朝は、登校班の集合場所に定められたケンちゃんちの前で顔を合わせると必ず、「昨日のワーパラ観た?」って話になってた。ケンちゃんは「一位のネタ、最高だったよなあ」なんて、いつも楽しそうに言ってて。わたしはちょっとイケメンな感じの芸人さんが好きで、だけどケンちゃんは別の芸人を推してて、どっちがおもしろかったかって言い争いになったり。とにかく学校に着くまでずっと話が弾んで、わたしは番組の内容ももちろん好きだったけど、次の日にケンちゃんとワーパラの話をしている時間がまた、たまらなく楽しかったんだ。
 そんな日々が、二年くらい続いたのかな。わたしとケンちゃんは小学校を卒業して、中学生になった。
 変化はあったよ。わたしはずっと好きじゃなかったスカートを制服として着るようになったし、登校班もなくなった。だけど、わたしのワーパラ熱は冷めなくてね。入学して間もない水曜日、違うクラスになったケンちゃんを学校の廊下で見つけてさ、それまでと同じように「昨日のワーパラ観た?」って話しかけたんだ。
 そのときのケンちゃんの反応は、動画撮影したみたいに、はっきり憶えてる。
 うっとうしそうに「ああ」とだけ言って、ぷいとそっぽを向いてどっかへ行っちゃったんだ。
 わたしはね、中学生になってもそれまでと同じ温度で、ケンちゃんとワーパラの話ができると信じて疑わなかったんだよ。だからそのときは、座ろうとした椅子をうしろにさっと引かれて尻もちついた、みたいな感覚っていうのかな。ほら子供のころ、そういういたずらが流行ったじゃん。あんな感じで、こっちは勢いづいちゃってるのに、すかされて、すごく欲求不満になった。わたしのこの、ワーパラの話をしたい気持ちはどこにぶつければいいの、って。
 ケンちゃんもね、たぶんワーパラは観続けてたんだよ。だけどもう、わたしとそんな話をしたくはないみたいだった。思春期で、男女で仲よくするのが恥ずかしいってのもあったと思う。でもそれだけじゃなくて、これはあとからわかってくることなんだけど、ケンちゃんは中学に入ってから、あんまり柄のよくない友達とつるむようになってたみたいでね。わたしみたいな、別にかわいくもないし、自分で言うのも何だけど健全な、真面目な女と口を利くのは当時の言葉で言えばシャバいっていうかさ、ダサいって考えがあったんじゃないかな。
 わたしは空気を読んでそれ以来、ケンちゃんにむやみに話しかけるのはやめた。特に、ワーパラの話は絶対にしなくなった。でもね、本当はとても寂しくて。中学生くらいで交友関係が変わるの、全然普通のことじゃん。ほかにも仲よくなくなった子は、何人もいたんだよ。だけどケンちゃんの、あのときの反応は忘れられなくて。この感情は何なんだろうって考えてるうち、ふと理解したんだよね。
 ああ――わたし、ケンちゃんのことが好きだったんだって。
 これが、わたしの初恋だったんだって。
 わかるかな。「昨日のワーパラ観た?」の一言で、わたしは自分の初恋が、気づくより先に終わったことを思い知らされたんだよ。

 そんなワーパラも一時のブームは過ぎて、放送時間が深夜に移動したのも束の間、わたしが中学三年生のころには最終回を迎えてしまった。若手芸人たちにとっては登竜門的な番組だったから、ああ、ひとつの時代が終わったな、と感じた人は多かったんじゃないかな。
 ケンちゃんとは、たまに学校で話すこともあったけど、もちろん以前のようにはいかなくて。彼、すっかりヤンキーみたいになってさ、タバコ吸ってるのを見たこともあるし、殴り合いのケンカなんかはしょっちゅうしてたと思う。でもね、これだけはあいつの名誉のために言っておきたいんだけど、ケンちゃんは決して弱い者いじめをしたり、万引きとかの犯罪に手を染めたりはしてなかったよ。不良グループの一員ではあったけど、そういうとこ、彼は筋が通ってた。ほかの同級生からも、あいつはワルだけど話は通じるやつだって思われてたし、学校にもちゃんと来てたしね。
 そんなこんなで、わたしたちは中学を卒業して、高校に入った。わたしはまあ、そこそこ勉強できたから、地元では名の知れた進学校に。ケンちゃんは荒れてると評判の公立校に行ったね。学校が違っちゃったから、彼がどんな高校生活を送っていたのかはほとんど知らない。お隣のおばさんからは――ケンちゃんのお母さんってことね――ときどき息子の愚痴、聞かされてたけど。そこまで深刻そうでもなかったから、大した問題は起こしてなかったんじゃないかな。
 高校を出ると、わたしは東京の私大に進んだ。このころはまだ、やりたい仕事とか、これといってなかったんだ。自分の学力に見合った大学を、何となく選んだってだけ。都内で独り暮らしを始めて、まあ世間一般の女子大生並みには、毎日エンジョイしてたかな。テニスサークルに入って、居酒屋でバイトして、彼氏もできたしね。ま、彼氏とはそんなに長く続かなかったけど。
 実家を離れたことで、ケンちゃんのことはあまり思い出さなくなってた。彼は高校を卒業して、実家暮らしのまま、地元の建設会社で働き始めたってのは聞いてた。相変わらず柄の悪い連中との付き合いもあったみたいだし、いい歳こいてよそのグループとの小競り合いとかにも巻き込まれてたらしいけど、わたしからしたら知ったこっちゃないなって感じだった。初恋は、自覚したときには破れていたわけだしね。
 でもね……はたちのころに、取り返しのつかない事件が起きちゃったんだ。
 ある日、母から電話がかかってきてね。いきなりかけてくるなんてめずらしいなと思いながら出たら、母は明らかに切羽詰まってるわけ。どうしたのって訊いたら、母が言ったの。
「ケンちゃんが、人殺しで捕まった」
 あのときの声、いまも耳にこびりついて離れない。
 わたしはろくに事情も聞かないで、とるものもとりあえず実家へ飛んで帰った。母はずいぶん動揺してた。わたしは何があったのか、説明を求めたの。母は、お隣のおばさんから話を聞く時間が少しあったみたいで、ケンちゃんが捕まったいきさつを詳しく教えてくれた。
 ケンちゃんは地元の不良グループみたいなのに属してたんだけど、隣町に似たようなグループがあって、そのころ緊張状態っていうか、二組のあいだで摩擦があったんだって。縄張り争いっていうのかな、わたしにはよくわかんないけど。初めはガンつけたとかどうとか、その程度のじゃれ合いだったらしいんだけど、こういうのって火種は小さくても、鎮火がうまくいかないと簡単に燃え上がっちゃうんだね。片方のグループが相手側の一員を拉致ってボコボコにするとか、ちょっと度が過ぎた抗争に発展しつつあった。
 当時、ケンちゃんには付き合ってる彼女がいた。どんな子かは知らないよ、会ったこともないし。ただその子が、ガソリンスタンドで働いてたらしくて、それが敵対してるグループに知られちゃったのね。それで、頭に血が上った連中が、ケンちゃんの彼女のとこに車でやってきて、彼女を強引に車に乗せて――
 そこから先は、だいたい想像つくでしょう。ごめん、あんまりわたしの口から語りたくないんだ。とにかく、一線どころか二線も三線も越えたような、人として最低最悪のことを、そいつらはやったんだよ。
 ケンちゃんの彼女は、命は助かったんだけどね。ボロボロになって帰されて、ケンちゃんと会って、何があったのかを全部話した。ケンちゃんは、すぐに警察へ行こうって言ったみたい。でも、あれって当時は親告罪っていうか、本人に訴える気がなければだめだったんでしょう。彼女、もう思い出したくもないからって、警察に行くのを嫌がって。ケンちゃんには、どうしようもなかった。
 本当に、どうしようもなかったと思うんだよ。わかる人がいたら教えてほしい。ケンちゃんはそのとき、彼女に何をしてあげればよかったんだろうね。
 それから少しして、彼女は死んじゃったの。自殺だった。
 ……ごめん。どうしてわたしが泣くんだろうね? 会ったこともない女の子の話なのに。だけどさ、この話を思い出すと、どうしても涙が止まらなくて。うん、ハンカチありがとう、大丈夫。もう、落ち着いたから。
 とにかく、ケンちゃんは彼女の死に直面して、やつらに復讐(ふくしゅう)を誓った。だって、彼女はみずから命を絶ってしまった。もはややつらを法で罰することはできない、ならば自分で手を下すしかない。そう考えるのは、こんなこと言っちゃだめかもしれないけど、無理もないことだと思うなあ。
 ケンちゃんは同じグループの仲間を引き連れて、敵対するやつらのたむろする公園へ乗り込んでいった。そして、やつらを容赦なく叩きのめした。文字どおり容赦なく、相手が戦意を失ってからも手を止めなかったんだそう。そして、彼女から聞いた、もっともひどい目に遭わせてきたやつのことを、ケンちゃんは殴り殺してしまった。やがて警察が来たとき、ケンちゃんは無抵抗で捕まったんだって。
 この話を母から聞いたわたしは、お隣のおばさんに会いに行った。おばさんはわたしと会うどころじゃなかったと思うけど、何とか時間を作ってくれてね。わたしを家に上げてくれたおばさん、憔悴(しょうすい)しきって痛々しいほどだった。わたしはおばさんに、ケンちゃんについて何か動きがあったら何でも知らせてくれって頼んでから、東京に戻ったの。
 このときだった。わたしの中で、ある目標がくっきり浮かび上がったんだ。

 ケンちゃんは満二十歳になっていたから、殺人罪で起訴されて、懲役十五年の刑が下った。情状酌量の余地はあった一方で、明確に復讐を意図して乗り込んでいったところが重く見られたみたい。
 わたしはというと、大学三年生のころから就職活動を全力でがんばって、志望する企業から内定をもらった。そして大学を卒業していまの会社に入ると、脇目も振らず仕事に励んだ。当時はまだ、働き方改革みたいなことが言われるずっと前だったからね。その気になれば、いくらでも自分を追い込めたんだよ。同僚からは必死すぎるって嘲笑されたこともあったけど、わたしには目標があったから、ちっとも気にならなかった。とにかく死にもの狂いで働いて、異例とも言えるスピードで出世していったわけ。
 会社員になってからの十年はあっという間だった。同級生たちがどんどん結婚していっても、わたしは仕事を理由に恋人さえ作らなかった。そして三十三歳になったある日、お隣のおばさんから電話があったの。
 ケンちゃんの仮釈放が、三ヶ月後に決まったって。
 十五年のところを十三年だから、まあそんなものだろうね。ケンちゃん、すでに復讐を果たしたあとだったから、刑務所ではいたっておとなしく過ごしてたらしいよ。そこが認められて仮釈放されることになり、身元引受人である母親のもとに通知が来た、と。
 おばさん、いろいろ大変だったと思うよ。近所の人から白い目で見られたり、嫌がらせをされたりしたこともあったんじゃないかな。それでも引っ越しはしないで、ね。ここは憲介の帰る場所だからって、懸命に守ってきたみたい。その家に、十三年という年月を経て、ケンちゃんが帰ってくることになったんだ。
 その知らせを聞いたわたしは、かねて温めていた仕事の計画を急ピッチで進めた。それが無事に終わると、休みを取って地元に帰ったんだ。ケンちゃんの仮釈放の日からは、一ヶ月くらい経ってたのかな。もう少し早くできたらよかったんだけど、それでも精一杯急いだほうでね。これ以上はどうにもならなかったんだよ。
 群馬の実家に着いて、お隣のインターホンを鳴らすときは緊張したよ。おばさんが取り次いで、しばらくして玄関から、ケンちゃんがひとりで出てきた。
 そりゃあもう、ずいぶん変わってたよ。最後に会ったのは成人する前のことだったんだからね。すっかりやつれて、前髪なんか少し薄くなっちゃっててさ。同一人物だってことは見ればわかるんだけど、この人は本当にわたしの知ってるケンちゃんなんだろうかって、信じがたい気持ちさえあった。
 当たり前だけど、わたしもまた、同じだけ歳をとってたんだ。ケンちゃんがこっちを見る目は、ちょっと動揺してはいたけれど、何の感慨も湧かないようだった。ほんと、張り合いがないよね。こっちはせっかく、会いに来てやったっていうのにさあ。
 ケンちゃんはぼーっと歩いてきて、門の外でわたしと向かい合った。そこは昔、登校班の集合場所だったところ。ちょっと寒い日でさ、わたしは着ていたダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んで、言ったんだ。
昨日のワーパラ観た?」
 そう、その前の晩に、ワードパラダイスが放送されたんだ。ご存じのとおり、十八年ぶりの復活特番だよ。もちろん大きな話題になった。視聴率も、けっこうよくてさ。
 中学生になりたてだったあの日、ケンちゃんにワーパラの話を「ああ」って流されたこと、実はわたし、ちっとも許してなかった。もう一度、同じところからやり直さないと気が済まなかったんだ。だからせっかくの復活特番の話も、またあんな感じで「ああ」って流されたら、わたし、ケンちゃんのこと引っぱたいてやろうかと思ってたくらい。
 ケンちゃんはちょっと面食らったみたいになって、そのあとで、こう言った。
「一位のネタ、最高だったよなあ」
 そして、楽しそうに笑ったんだ。
 それからわたしたち、何時間も立ち話をしたよ。話題は全部、ワーパラのこと。それでわたし、やっと実感できたんだ。ああ、ケンちゃんだって。本当に帰ってきたんだなあって。

 ……ごめん、ずいぶん話が長くなっちゃったね。
 それで、質問、何だったっけ?
 ああ、そうか。
 どうして今回、十八年ぶりにワードパラダイスを復活させることにしたのか、だったね。
 こんなの公私混同の極みだから、本当はよくないんだろうけどさ。
 わたしはね、ただ、初恋をやり直したかったんだ。そのために、実現させたの。
 ケンちゃんが捕まったあの日から、そのためだけに、わたしはがんばってきたんだよ。
                 ――あるテレビ局のプロデューサーへのインタビュー


~最後まで読むとすごくいい話なのですが、途中の展開が少し重すぎる気がします。~


 

続きはこちらから