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岡崎琢磨『貴方のために綴る18の物語』 Sunday 【先行公開#8】

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Sunday

 次の日曜日、わたしは約束どおり『南風』にいた。
 あれから五日間、確かにわたしの自宅には、一日一通ずつ封筒が届いた。差出人の名前や住所はなく、開けてみると物語が印刷された紙が入っていた。物語はどれも、おもしろいと言えばおもしろいし、たわいもないと言えばたわいもないものだった。全体の三分の一にあたる六話を読み終えても、わたしにはこの仕事の目的が、すなわちミスター・コントなる人物の意図がさっぱりつかめなかった。
 十五時きっかりに『南風』に到着してみると、老紳士はすでに前と同じ席に着いてコーヒーを飲んでいた。わたしは向かいの椅子に座り、感想をメモした手帳を差し出した。あまりにも簡素な感想だったので、これではだめだと言われるかと心配したが、老紳士はざっと目を通しただけで手帳を返して言った。
「結構です。ありがとうございます」
 わたしの注文したコーヒーが届く。口をつけてから、わたしは訊いた。
「本当に、こんなことでお金がもらえるんでしょうか」
「あなたがちゃんと読んでくださっていることは、感想からじゅうぶん伝わりました。こんなこととおっしゃいますが、とても大事なことなのです。どうしても不安でしたら、契約書を作成いたしましょうか」
「いえ、そこまでは……」
 まっすぐに見つめられ、思わずコーヒーカップに逃げる。
 わたしはすでに、着手金として受け取った四十七万円分の仕事を果たしたことになる。事前の予測では三十分もあればと見ていたが、実際には一話あたり十五分もかかっていない。向こうから提案してきたこととはいえ、一日につき八万円もの金額を受け取るのはどうにも後ろめたかった。
「では、引き続きよろしくお願いしますよ。ところでどうですか、最近は」
 唐突に世間話を振られ、わたしは困惑した。
「どうと言われても……別に、変わりないです」
「いい意味で、それとも悪い意味で?」
「後者です。わたしの人生、いいことなんか何もない」
 言ってしまってから、正体不明の老紳士に話すことではないと気づいた。わたしは苦笑して、
「あるとしたら、このあまりに割のいい仕事をもらえたことくらいでしょうか」
「そんな風に思っていただけると、こちらとしては助かります」
 老紳士はにこりともせずに返した。
 喫茶店を出る。一週間後の同じ時間に、と言い残して老紳士は消えた。
 帰宅して、椅子に座る。ふう、と息を吐き出すと、ふいにみずから放った言葉がよみがえった。
 ――わたしの人生、いいことなんか何もない。
 写真立てを見る。並んで立つわたしと颯太の左手の薬指には、おそろいの指輪がはめられている。
 あのころのわたしは、間違いなく幸せだった。けれど、間もなく颯太はわたしのもとを去ってしまった。
 あんなに大好きだったのに。あんなに深く愛し合っていたのに。
 どうしていつも、いなくなってしまうのだろう。
 思い出したらまた苦しくなり、わたしは頭を抱えて嗚咽(おえつ)した。割のいい仕事をもらえた? そんなこと、どうだっていい。お金なんてちっとも欲しくない。
 わたしはただ、颯太に会いたいだけなのに。
 そのために、電車を待っていただけなのに。




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