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東山彰良のTurn! Turn! Turn! #25 A級小倉劇場 虚実のはざま、美しき「傷」を見よ

文:東山彰良 写真:河合真人

 緩和と緊張の繰り返しで誰もが辟易(へきえき)している今日この頃である。

 コロナのあおりを受けて飲食店の閉店が相次いでいるが、窮地に立たされているのはなにも飲食店ばかりではない。昨年末ごろから、いくつかの新聞で北九州市小倉北区にあるストリップ劇場「A級小倉」の苦境が取り沙汰されてきた。

 じつのところ、私はA級小倉劇場には一度も訪れたことがない。しかし九州で唯一のストリップ劇場が存続の危機に瀕(ひん)しているとあっては、ちょっと覗(のぞ)いておきたくなるのが人情というものだ。そうすればなにかあっても、あとで通ぶって「ああ、あのへんにはむかしストリップがあったなあ」などと遠い目をして嘯(うそぶ)くことができる。

 そんな了見で、今月はふらふらと小倉くんだりまで出かけていったのだった。

ステージが始まる前、「A級小倉」の入り口に立つ東山さん=北九州市小倉北区、河合真人撮影

 ぶっちゃけ、私はこれまでの人生でたった1度だけストリップを観(み)たことがある。いや、2度だったかもしれない。天地神明に誓って、3度はぜったいに行ってない。2度とも若かりし日に、悪友に誘われて仕方なく行った。噓(うそ)じゃない。男の付き合いだったのだ。妻に誓って、自分から行こうと駄々をこねたわけではない(信じてくれ!)。それに酒だって入っていた。そうだとも。

 あのころは中洲に「博多ロックハリウッド」というストリップ劇場があった。私と悪友たちは最前列に陣取り、妖しげなライトの光に目を細めて女体の深奥を垣間見た。私たちは若く、世間知らずで、自分の見たいものしか目に入らず、それよりもっと大切なものがストリップ劇場にあるなんて思いもしなかった。ロックンロールに喩(たと)えるなら、サビの部分だけに心を奪われていた。その曲が生まれた背景やミュージシャンたちの人生に思いを馳(は)せることなんて、思いもよらなかった……。

 あれから数十年の時を経たいまも、私はほとんどなにも変わっていない。ストリップをどのように観たらいいのか、まるでわからない(まあ、観たいように観ればいいのだが)。そこで小倉へ行くまえに文壇一のストリップ通、ストリップを愛しストリップに愛された直木賞作家の桜木紫乃さんにお伺いを立てることにした。桜木さん流ストリップはこう見ろ! ストリップを10倍楽しむ方法! などあればぜひご教授くださいという私のメールに、紫乃姐(ねえ)さんはほとんど間髪を容(い)れずに長文の返事を投げ返してくれた。

 《ひとつ、ポーズを決めたときの指先、爪先、視線、汗などを見よ。》
 《ひとつ、踊り子さんたちが見せてくれるのは、それまで生きてきた「傷」と心得よ。》
 《ひとつ、ストリップは極上の噓、ストリッパーとは裸で小説を書く作家である。》

ステージがピンク色に染まる。踊り子さんの登場を待つ観客から手拍子がおこった=北九州市小倉北区、河合真人撮影

 はじめて訪れたA級小倉劇場は、昭和の残り香が色濃く漂う路地裏にあった。命を落としたヤクザ者や、戸口にもたれて虚(うつ)ろに煙草(たばこ)を吸っている女の亡霊が漂う一郭である。2階建ての建物の細い階段をのぼれば、そこに小さな劇場がある。私は午後1時に始まるステージを見せてもらったのだが、意外に女性客の多いことに驚いてしまった。記憶にあるストリップ劇場の胡乱(うろん)さはほとんど感じられず、お客さんたちもよくマナーを守り、なんだか秋葉原あたりにある地下アイドルのコンサート会場(いや、行ったことはないのだが)に迷いこんだみたいだった。

 5人の踊り子さんたちが、だいたい25分ずつの持ち時間で次々に登場した。まずは2曲ほど着衣のままで踊り、それから色っぽいことになるのだが、私は桜木さんの言いつけをよく守り、(おもに)彼女たちの指先、爪先、表情、光る汗に目を凝らした。すると、彼女たちがよく鍛錬していることが見て取れた。鍛錬していなければ到底できないような複雑な動きをしていたからだ。腹筋などが美しく割れた子もいて、そんな子がほとんどアクロバットのようなポーズをピタッと決めると、会場に賞賛(しょうさん)の拍手が湧く。私はしっかりと目を見開いて、艶(あで)やかに舞う彼女たちを見た。彼女たちがさらけ出しているのはそれまで生きてきた「傷」なのだと思うと、そこから目をそらすのはむしろ彼女たちの潔さを侮辱しているような気がした。

 ストリップは極上の噓だというのも、なんとなく納得できた。私たち作家が紡ぐ物語もまた噓である。ただし、それは真実を伝えるための噓でなければならない。踊り子さんたちはこれ以上さらけ出すものがないところまで、彼女たち自身をお客さんにさらけ出す。私たちの目を奪うその真実味こそが、逆説的に彼女たちの噓なのだろう。年季の入ったファンはその真実味だけでなく、踊り子さんたちが隠している噓までひっくるめて彼女たちを愛しているのではないか。

細い路地を曲がると「A級小倉」の入り口が見えた=北九州市小倉北区、河合真人撮影

 この駄文を読んでストリップに興味を抱いた方は、小倉へ出かけてみるといい。私が行った日は女性客もたくさんいたし、カップルで見に来ている人もいた。男性客もお行儀がよかった。畢竟(ひっきょう)、ストリップとは女性の「傷」を最も美しく見せてくれるエンターテインメントだ。

 でも、本当だろうか?
 それは私が決めることではない。ただ、和気あいあいとした雰囲気のなかで、真実と噓のまにまに遊んでみるのも悪くないと思うのだ。=朝日新聞2021年4月17日掲載