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東山彰良のTurn! Turn! Turn! #27 ボウリング 憧れのカーブボール、秘密知った

文:東山彰良 写真:河合真人

 スポーツというものに、さほど興味がない。

 大学生の息子がプロ野球の大ファンで、12球団の全選手の応援歌を歌えるだけでなくピアノまで弾け、ダメ押しにこちらの頭が痛くなるほどインターネットで関連動画を見まくることをのぞけば、長らく私の人生にスポーツの出る幕などなかった。

 年を取ってからはなおさらで、運動不足を解消したいのはやまやまだが、まだゲートボールに手を出すほど老いぼれちゃいないし、かといって若者に手加減されながらなにかをやるのも癪(しゃく)である。勢い、ひとりでもできる運動に目が向くのだが、しかしひとりぼっちだとちっとも続きやしない。なにかをはじめたい気持ちはあるのだ。もし協調性をあまり必要とせず、若者にもなめられず、基礎練習もそこそこにいますぐ楽しめるスポーツがあればの話だけれど。

西新パレスボウルの看板=福岡市早良区西新、河合真人撮影

 じつはスポーツに関して、むかしから自分でも首をかしげたくなるほど憧れていることが三つばかりある。

 ひとつ目は、ダンクシュートだ。52歳になったいまでも、ときどき夢に見る。夢のなかで私はマイケル・ジョーダンばりのダンクを決め、チームを勝利へと導く。だけど、これはまったく現実的ではない。ふたつ目は、軽やかにクロールで泳ぐこと。まるで水と対話しているかのようにゆったりと泳ぐスイマーたちの姿には、いつでもうっとり見とれてしまう。これは現実的だが、プールに行く面倒臭さを考えると、長続きしそうにもない。三つ目は、ボウリングである。パーフェクトゲームなど夢のまた夢だけれど、流れるようなフォームでリリースされたボールがガターに落ちる寸前で踏みとどまり、ピンの手前で急に意志を持ったかのようにグイッと曲がってストライクをもぎ取ってくる。そんなカーブボールを投げてみたくてたまらない。

色とりどりのマイボールが並ぶ。大勢のアマチュアボーラーがマスク姿で競技に参加していた=福岡市早良区西新の西新パレス、河合真人撮影

 そんなわけでコロナで遠出が叶(かな)わないなか、当欄のためにいつも素敵な写真を撮ってくれるカメラマンのKさんがマイボールを4個も持っているほどのボウリング好きということもあり、今月は梅雨の晴れ間を縫ってボウリングに出かけたのだった。福岡市の西新界隈(かいわい)に暮らす者にとっては、ボウリングと言えば西新パレス、西新パレスと言えばボウリングである。

 Kさんの投げっぷりを見て、私は即座に彼が私の知らないボウリングの秘密を知っていると直感した。それは間違いではなかった。

 ざっくばらんに言って、私が投げたいカーブボールを投げるためには、ふたつのものが必要だった。ひとつ目は、曲がるボール。恥ずかしながら、私はそんなボールがあるとはまったく知らなかった。けれど、よく見てみれば「曲がるボール」と書いてあるボールラックがたしかにあった。ボウリング球の中心にはコアなるものがあって、その形状のちがいによってボールのバランスを変えて曲がりやすくしているらしい。

 ふたつ目は、レーンコンディションだ。ボールの曲がり具合は、レーンに塗られたオイルに左右される。Kさんのレクチャーから得た理解では、オーソドックスなオイルパターンとはピンに向かって三角形に収斂(しゅうれん)していく形で、つまりピンに近づくほどレーンに塗られたオイルは先細りに狭まっていく。オイルの塗ってある部分は摩擦が少ないので、当然曲がりにくい。それがピンに近づくにつれてオイルの塗られていない部分が増えてくるので、ボールとレーンの摩擦が大きくなり、よって曲がりやすくなるのだ。

ピンに向かってぴかぴかのレーンをボールが走る。ピンをはじき飛ばす音が場内に響いた=福岡市早良区西新の西新パレス、河合真人撮影

 ボウリングの秘密を知った私は、人生で初めての曲がるボールを使用して、鋭いカーブボールを投げることに血道をあげた。驚いたことに、第2投でいきなりストライクが出た! その後もストライクやスペアを何度も出したので、私は気分がよかった。

 思えば、若いころは力任せにまっすぐなスピードボールばかり投げていた。それがいまでは、私は全体の調和を大事にすることを学んだ。すると、やっとボウリングというスポーツを知ったような気がした。喩(たと)えるなら、クラスの目立たない女子のなかに、ハッとするような美しさを見つけてしまったような気分だった。なのに、どういうわけか、最終的なスコアはさほど望ましいものではなかった……。

久しぶりのボウリングで投球する東山さん=福岡市早良区西新の西新パレス、河合真人撮影

 まあ、つまりはそういうことだ。どんなスポーツでも、一夕一朝で成るものではない。もしそんなに簡単なら、アスリートたちの生き様なんてただのジョークでしかなくなる。それでも、ほとんど20年ぶりにやったボウリングに、私は夢中になった。年を取って味覚が変わり、たとえばミョウガを美味(うま)いと感じられるシブさと誇らしさを、私はボウリングに対してはじめて感じた。

 まわりを見てみれば、ひたむきにボールをころがしている年寄りがたくさんいた。みんな活(い)き活きしていて、笑いさざめき、そして一球入魂の生真面目さで10本のピンと対峙(たいじ)していた。ボウリングが年寄りのスポーツだと言うつもりはない。それどころか、年寄りでも若者を打ち負かせる素晴らしいスポーツだ。しかも、さほど協調性を発揮しなくてもよさそうに見える。それでいて、いいボールを投げたときには、ちゃんと喜んでくれる人たちがそばにいるのだ。

 ううむ、私も真剣にマイボールの購入を検討すべきかもしれないぞ。=朝日新聞2021年6月19日掲載