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「評伝 福田赳夫」書評 財政と外交の造語生んだ人間性

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2021年09月11日
評伝福田赳夫 戦後日本の繁栄と安定を求めて 著者:五百旗頭 真 出版社:岩波書店 ジャンル:伝記

ISBN: 9784000245449
発売⽇: 2021/06/29
サイズ: 22cm/680p

「評伝 福田赳夫」 [監修]五百旗頭真

 大著である。政治家・福田赳夫の生から死までを丹念に追いかけ、図らずも近現代の「生きた財政史」、あるいは「共同体のぬくもりに寄り添う政治家」の像が浮かんでくる。
 福田は、明治38(1905)年に上州の篤農家の次男として生まれた。幼少年期から秀才の誉れが高かったという。第一高等学校から東京帝大法学部に進み、大蔵省に入る。人事課員とともに各部署にあいさつ回りをしたとき、福田は大蔵大臣にも会わせるべきだと注文をつけた。当時の三土忠造大臣は興味を持ったらしく、後日福田を呼んで励ましたという。こんな新人は初めてだったので、たちまち省内で有名になった。
 高文試験も上位だった福田はいわゆるエリートコースを歩んでいる。ロンドン駐在を経験、帰国してからは主計官として陸軍省を担当した。いわば陸軍が政治に口を挟んでいく頃のことで、福田は永田鉄山斬殺事件、2・26事件などを通じて日本の財政政策の破綻(はたん)を実感していく。その後日中戦争下では汪兆銘政権の財政顧問を務める。実は福田は、戦時下の日本の軍事主導に内心で強い不満を持っていた節がある。
 戦後は大蔵官僚から政治家に転じるのだが、本書は、財政を中心とするその政治的主張について詳細な説明を行っている。また、造語のひらめきが鋭い政治家である。保守革命、生産力倍増十カ年計画、昭和元禄、人命は地球より重い、全方位平和外交。本書は、福田の折々の発言が、その哲学、思想、人間性からどのように発せられているかを教えている。
 近現代日本の財政について常に安定成長を望み、外交は日米を軸に各国との平和外交をめざした。タカ派にみられがちだが、憲法改正はまだその時期ではない、とするなど、福田は多くの点で良識の権化であろうと努めている。戦後体制はこういう政治家が支えてきたことに、改めて思いをはせるべきであろう。
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いおきべ・まこと 1943年生まれ。兵庫県立大理事長。専門は日本政治外交史。著書に『米国の日本占領政策』など。