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東山彰良のTurn! Turn! Turn! #30 関門海峡 清張先生も見たか、この夕陽

和布刈の展望台から関門海峡を望む。夕陽が海峡を照らしながらゆっくりと沈んでいった=北九州市門司区、河合真人撮影

 神奈川県の相模湖で男が殺される。被害者は謎の女といっしょに旅館に投宿していたのだが、この女の行方が杳(よう)として知れない。

 いっぽうで、容疑者としてタクシー会社の専務が捜査線上に浮上する。しかし被害者が殺害された時刻に彼は、福岡県は門司の和布刈(めかり)神社で行われていた旧正月の神事を見物していた。そのときの様子をカメラにまで収めている。もちろん、こいつが真犯人だ。ほかに誰がいる? 問題は、瞬間移動でもできないかぎり、殺人事件が発生した神奈川県と関門海峡を見下ろす和布刈神社に、同時刻に存在できっこないということ。つまり、この容疑者には完璧なアリバイがあるのだ。当然、そこにはトリックがある。それがミステリー小説というものだ。このトリックをじわじわと破っていくのが『点と線』にも登場する、三原警部補と鳥飼老刑事なのである。

 私が言っているのは、そう、松本清張先生の『時間の習俗』のことだ。何度もテレビドラマ化されているので、内野聖陽(もしくは、萩原健一)扮する三原警部補や、津川雅彦(もしくは、井川比佐志)演じる鳥飼刑事をご記憶の方もいらっしゃるだろう。雑誌『旅』に昭和36年5月号から翌年の11月号まで連載された小説なのだが、じつは『点と線』も同じ雑誌の連載作品であり、そこに登場した三原と鳥飼のコンビを本作でまた復活させたという寸法である。

和布刈神社から、日が傾きかけた関門海峡を眺める東山彰良さん。左は関門橋=河合真人撮影

 と、このように書き出せば、今月の私の漫(そぞ)ろ歩きが聖地巡礼の様相を呈してくる。東山のやつ、コロナのせいでとうとう行くところがなくなったもんだから、松本清張の作品の舞台となった場所を巡り歩いてお茶を濁しやがったな、という錯覚を読者諸賢にあたえてしまうかもしれない。しかし、それはちがう。だって私がこの本を読んだのは、和布刈神社や関門トンネルをつらつら見物したあとなのだから。正直に言ってしまえば、此度(こたび)の近場漫遊に同道してくれた詩人にして出版社も経営するマダムが教えてくれなければ、私はこの作品の存在すら知らなかった(松本清張賞の選考委員までやらせてもらっているのに!)。

 そんなわけで、残暑厳しい9月のなかば、私たちは太陽がギラギラ照りつけるJR門司港駅に降り立ったのだった。

レトロ地区を散策。潮風が心地よかった=河合真人撮影

 門司港レトロのことは知っていたけれど、訪れたのは今回が初めてである。駅舎からしてレトロで、ホームには古びたシェードのかかった電灯がならび、陽(ひ)が暮れて灯が入ったらさぞ美しかろうと思った。レトロを売りにしているだけあって、街が一丸となって懐かしい雰囲気を醸し出していた。いたるところに真っ赤な彼岸花が咲き乱れ、不意に赤煉瓦(あかれんが)造りの立派な洋館などを見上げると、なんだか半世紀くらい時間が巻き戻ったようで、私は焼酎が飲みたくなった。私たちはてくてく歩き、気がつけば『時間の習俗』の1ページ目に足を踏み入れていた。

 バスは鳥居の傍(そば)で止まった。客はぞろぞろと鳥居をくぐってゆく。境内では数カ所に篝火(かがりび)が焚(た)かれていた。(中略)境内のすぐ前は、暗い海だった。対岸に灯(ひ)があるが、これは下関側の壇ノ浦だった。

 和布刈神社はまぶしい陽光に白っぽくかすんでいた。私はサングラスをかけ、8ノットで流れる海流を眺めたり(電光掲示板にそのように表示されていた)、まるでブルックリン橋のような頭上の関門橋を見上げたり、対岸の壇ノ浦に目を細めたりした。壇ノ浦といえば『平家物語』だが、そこは私なんぞが語らずともよかろう。それから780メートルもある海底トンネルを歩いて渡り、下関市へ。地上に上がるとすぐ目の前が海で、かつて長州藩がイギリス船を砲撃したと思(おぼ)しき大砲が、筒口を海峡に向けていた。唐戸から船で門司へ戻ったあとは、しめくくりに和布刈第二展望台へのぼった。

 長らく目にしたことがないような、夕陽(ゆうひ)のお手本のような夕陽が落ちかけていた。暑かった一日が終わり、涼やかな潮風が山の斜面を吹き上げてくる。欄干に腰かけると、一日歩きどおしだった足に心地よい痺(しび)れが走った。かのマダムによれば、私たちはその日1万3千歩ほどを歩いたことになる。

長い海底トンネルを歩き県境をまたいだ=河合真人撮影

 清張先生が『時間の習俗』をものしてから60年近い時が流れ、いろんなことが変わってしまった。かつては当たり前にあったものが、いまでは過日の憧憬(しょうけい)として誰かのメシの種になっている。清張先生が考えついた奇想天外なトリックも、いたるところ監視カメラだらけの現代では、もはやどう逆立ちをしたって不可能だ。
 それでも、この夕陽を見よ! 対岸の壇ノ浦に落ちてゆく夕陽を眺めながら、私はケルアックの『オン・ザ・ロード』の一節を思い出していた。

 ぼくは若い作家で、飛び立ちたかった。
 途中のどこかで女たちに、未来に、あらゆるものに会える、とわかっていた。途中のどこかできっと真珠がぼくに手渡される、とも。(青山南訳)

 私はもう若くはないけれど、それでもいつかあの夕陽のほうへ飛び立ちたいと思っている。清張先生だって同じだったはずだ。そこにはいつだって女たちや未来が待っていて、うまくいけば真珠だって手に入るかもしれないのだから。=朝日新聞2021年10月16日掲載