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東山彰良のTurn! Turn! Turn! #32 マリンワールド あのサメの名は?そんな!

玄界灘の荒波をイメージした水槽。1分に1度、500㍑の海水が岩場に降り注ぎ激しい水の流れを演出している=福岡市東区のマリンワールド海の中道、河合真人撮影

 ひょんなことから「マリンワールド海の中道」の東圭司社長と知り合ったのは、あの忌々(いまいま)しいオミクロン株が世を騒がす少し前のことである。

 私が友人らと酒を飲んでいる居酒屋へ、東社長がふらりと入ってきたのだ。たまたま友人のひとりが社長と旧知の間柄で、彼の引き合わせでお近づきになったという次第である。初対面の東社長は屈託がなく、もし興味があるならマリンワールドのバックヤードツアーにご案内しますよと気軽におっしゃってくださった。

 もちろん社交辞令だ。そんなことは、わかっている。大の大人がその場かぎりの人間関係を円滑に運ぶための空約束だ。しかしそれを社交辞令で終わらせるには、その提案は私には魅力的すぎた。水族館の舞台裏を見せてくれる? 飼育員さんがイルカやサメのお世話をしているところを? 私は3日悩み、けっきょく本欄担当記者を焚(た)きつけて、東社長にご自分で言い出したことの責任を取らせることにした。私はB型で、B型の人間に社交辞令を言うと、こういうことになる。

 そんなわけで、12月に入って気温がぐっと下がった木曜日の朝、私は意気込んでマリンワールドへ出かけたのだった。東社長とともに私たちを案内してくれたのは、マリンワールドひと筋30年の副館長、岩田知彦さんである。

バックヤードを見学する東山さん=福岡市東区のマリンワールド海の中道、河合真人撮

 まずは施設の裏手にある給餌(きゅうじ)室を見学したのだが、そこでは午前10時の開館に向けてスタッフが忙しく立ち働いていた。両手に包丁を持って魚のすり身をこしらえている人もいれば、冷凍魚をせっせと金属探知機にとおしている人もいた。うっかり釣り針入りの餌をあたえてしまわないためである。餌にする魚はその年の価格によって異なり、サンマが安ければサンマを、イワシが安ければイワシを食べさせるという話だった。

 つぎはショープールへ案内された。イルカやアシカのショーが行われるプールである。大きなショープールの脇には控室のような小さなプールがあって、そこでハナゴンドウたちが毎朝の検温を受けていた。肛門(こうもん)から体温計を30センチも挿し入れられるわけだが、ハナゴンドウは賢いうえに我慢強く、検温が終わるまでずっと腹を見せてぷかぷか浮かんでいた。大プールにはザ・イルカのバンドウイルカ、流線形の美しいカマイルカ、小型クジラのコビレゴンドウが悠々と泳いでいた。

イルカたちの検温や血液検査の様子を見学=福岡市東区のマリンワールド海の中道、河合真人撮影

 今年の2月に連れ合いを亡くした男やもめの「リロ」も見ることができた。私は他紙に掲載されていたラッコの飼育記事を読んでいたので、雄ラッコのリロがパートナーの「マナ」を失ったことを知っていた。マナはリロの子を身籠(みご)もっているときに子宮に穴が開いて、母子ともに助からなかった。

 岩田さんによれば、30年前には全国に120頭以上いたラッコは、いまでは4頭しかいない。あのころ、ラッコはちょっとした人気者だった。漫画まで描かれた。現在日本でラッコが展示されているのは、マリンワールドと三重県の鳥羽水族館の2カ所だけである。長い時間が過ぎてしまったのだ。ブームは去り、逝くものは逝ってしまった。私の感傷などいっさい寄せつけず、ひとりぼっちのリロは水槽のなかを気持ちよさそうに泳いでいた。なにがあろうとも、日々はつづいていく。

かいじゅうアイランドではペンギンたちを間近に観察できる=福岡市東区のマリンワールド海の中道、河合真人撮影

 それから、いろんな魚やクラゲやウミガメやケープペンギンを見た。外洋大水槽にはイワシの大群や大きなサメが泳いでいた。私はサメ好きで、小学1年生のころはサメの絵ばかり描いていた。サメの生態などまったく知らないのだけれど、あの流線形の体と感情のない目に惹(ひ)きつけられていた。

 「ほら、シロワニの胸ビレに咬(か)み傷があるでしょ?」。岩田さんが教えてくれた。「サメは交尾をするとき、雄が雌の胸ビレに咬みつくんです」

 つまり、運がよければシロワニの赤ちゃんが生まれるというわけだ。私は興奮して尋ねた。あのサメの名前はなんですか? サメに名前はなく、番号で呼んでいるというのが岩田さんの返答だった。

 そんな! ペンギンなんかどれも同じに見えるのに、一羽一羽にちゃんと名前があるんだぞ。私は叫びたかった。そして、心のなかでいちばん図体(ずうたい)の大きな雌を「二郎丸」、それよりうんと小さい雄を「三郎丸」と呼ぶことにした。言うまでもなく、手塚治虫先生の名作『どろろ』に登場する妖怪ザメの名前である。サメの飼い主のしらぬいは、百鬼丸に敗れたあとで、自分の体を死んだ二郎丸に結びつけて海に流してほしいと懇願する。百鬼丸はそれを叶(かな)えてやったあとで、どろろにこう言うのだ。

 《「海の底までいっしょに沈んでいっしょに消えていくんだ………あいつにとってもあれで満足だろうな……」》

大水槽の真上から見学。大きなサメが悠然と通り過ぎていった=福岡市東区のマリンワールド海の中道、河合真人撮影

 サメの飼育に携わる者はこうでなくっちゃいけない。似たり寄ったりのペンギンでさえ、愛情ある飼育員さんならペンギン同士の相関図まで描けるというのに、サメだけが囚人のように番号で呼ばれているなんて!

 しかし、まあ、それを除けば、なんともおだやかで心和む一日であった。東社長、岩田さん、そしてスタッフのみなさん、どうもありがとうございました。とても癒やされました。できたら、つぎに私がマリンワールドへ訪れるときまでに、サメたちに名前をつけてやってくださいね。=朝日新聞2021年12月18日掲載