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世界と自分はつながっている できること、考えてみよう ジャーナリスト・池上彰さん@名古屋市立神沢中学校

身近な話題から世界情勢へ、歴史へと、さまざまに視点を移し、複雑なテーマを掘り下げた

豊かさと環境保護の両立

 「SDGsって、なに?」

 池上さんがそう問うと、生徒たちの手が次々と挙がる。

 「17の目標があって2030年までに海洋のゴミをなくすのを目指そう、みたいな」「持続可能な開発目標」。池上さんは、熱心に勉強していることに感心しながら、「じゃあ『開発目標』ってなんだ?」。

 SDGsは、国連加盟国193カ国が30年までに達成するために掲げた17の目標だ。15年の国連サミットで採択された。

 「実はとても画期的なこと。なぜなら、国によってそれぞれ考え方が違い、対立している場合もある。それでも同じ地球の上でみんなが生きていくため、私たちや子ども、その孫の世代までが持続可能な存在であるために何ができるだろうか――。そう考え抜かれて、妥協もして17の目標が策定されたんだ」。そして「開発目標」について、こう解説する。

 自動車に乗っても火力発電をしても二酸化炭素が出て、結果、温暖化につながる。だったら車に乗らない、電気を使わない、そうすれば地球環境は守られる。しかし、車も電気も使えない生活は不便だし、病院などは電気がなければ患者の命に関わる場合もある。

 「二酸化炭素が出ない車や発電方法を開発すれば、私たちはこれからも豊かに暮らしていくことができる。環境を守るために豊かになるのをやめよう、ではなく、豊かになるために地球環境を壊さないような持続可能な開発をしていこう、と。『開発』という言葉が入ったことですべての国が賛成することができたんだ」

 ここで話は一転、新型コロナウイルスに。

熱心にメモをとる生徒たち

アフリカははるか遠いけれど

 池上さんが学校を訪れた日、新たな変異株発見のニュースが世界を駆け巡っていた。世界保健機関(WHO)が「オミクロン株」と命名したのは授業の3日前のことだ。

 「オミクロン株は南アフリカ共和国(南ア)で見つかった。と聞くと、南アで生まれたと思い込んでしまう。でも実はわからない」と池上さん。そして、アフリカにおける現状を解説する。

 昨年から今年にかけて、データ上では世界で最もコロナ患者が少ないとされるアフリカ。しかし、その後の調査でこの時期に死亡した人の死因の大半が新型コロナだとわかった。アフリカの多くの国は貧しいため検査や医療の体制が整っておらず、患者が新型コロナに感染しているのか、そのウイルスはどんな株なのかを分析することもできない。その中で、南アは貧富の格差はあるものの医療水準は高い。「つまり、アフリカのほかの国で生まれた変異株が南アで発見された、という可能性もある。ところで、みんなは『アパルトヘイト』という言葉を知ってる?」

 ニュースから歴史へ。池上さんの授業は縦横無尽だ。「テレビとかで聞いたことはある」と生徒から声が上がる。

 南アは、17世紀にオランダ、19世紀イギリスの植民地に。白人たちは豊かに暮らし、先住の黒人たちは差別され、水道も下水もない劣悪な環境での生活を余儀なくされた。こうした人種差別政策が「アパルトヘイト」だ。1994年に廃止されたものの、いまだ差別と格差は根強く残っている。

 「今も多くの黒人たちは清潔とは言えない環境で暮らし、マスクもせっけんもない。また、貧困から学校に行けない子どもも多く、新型コロナが何か、なぜ手を洗う必要があるのかといった教育を受けていない。そういう社会にコロナウイルスが入ってきたら、あっという間に感染が広がり、当然変異株が生まれる。ワクチンについても『怖い』『陰謀だ』と受け取る人も多く、南アの接種率は20%にも達していない。先進国から贈られたワクチンも期限切れになり大量廃棄されてしまったんだ」

遠い国の貧困問題と生徒たちの日常。けして無関係ではないと解説する池上彰さん

 南アははるか遠い国。変異株発見と聞いても、日本の中学生が自分たちとは関係ないと感じても仕方がない。しかし、グローバル時代の今、ウイルスも飛行機で運ばれて簡単に国境を越えてくる。事実、1カ月も経たないうちに日本でもオミクロン株の市中感染が確認された。「南アで変異株が出てきて怖いよねと他人事のように思っていても、回り回って日本にも影響があるかもしれない。これはまさしくSDGsの考え方と同じなんだ」

 SDGsは多岐にわたり、貧困や教育、安全な水などに関する目標もある。貧しくて学校に行けず教育を受けられないと、衛生の知識がないため、汚い水をそのまま飲んで命を落とす子どもも少なくない。そもそも水が手に入りにくい国もある。水を巡って争いが起き、やがて戦争になるかもしれない。水だけでなく農地の奪い合いや宗教の違いもまた争いの種となる。そのとき、きちんとした教育を受けていないと「これは正義の戦いだ」「死ねば天国に行ける」と武器を持ちテロに走る人たちもいて、やがて先進国である日本でテロを引き起こす可能性だってある。まさに「負の連鎖」だ。

 「世界はつながっている。こうした負の連鎖を断ち切るためには、地球規模で取り組むしかない。それがSDGsなのです」

「では何をすれば?」「いい質問ですね!」

 生徒から質問の手が挙がる。「目標を達成するために、僕たちは何をすればいいのですか?」

 池上さんはすかさず「いい質問ですね!」とニッコリ。「改めてSDGsの17の目標を見ていきましょう」。ジェンダー、クリーンエネルギー、ワーク・ライフ・バランス、デジタルトランスフォーメーション……。大人でも理解するのが難しいキーワードを丁寧に解説。そんな中で、生徒たちにも身近に感じられる目標として挙げたのが「12 つくる責任、つかう責任」だ。

 「オシャレなファストファッションやかっこいいスポーツ用品がとても安く買えるよね。なぜ安く買えるのか? その裏にある要因のひとつが『児童労働』だ。開発途上国の子どもたちが学校にも行けず安い賃金で働かされている。だから途上国の私たちが安く買える。それっておかしいよね?」

新型コロナウイルス感染防止のため、授業は体育館で、人と人との距離や換気などに配慮しながら進められた

 作る人たちが人間らしい生活ができるように保証する。農薬などを多用せず地球環境に配慮する。そうして生まれた商品を、使う側が価格は多少高くても選ぶことを「エシカル消費」という。池上さんはエシカルとは「倫理的な」という意と解説した上でこう続ける。

 「エシカル消費を『買い物における投票行動』と考えてください」

 たとえばかつては当たり前だった「政治と金」の問題も、有権者が汚職に手を染めるような候補者に投票しないという意思表示を重ねたことで、今では選挙で金をバラまけば大きなニュースになり、失脚する政治家も。有権者の投票行動によって少しずつだが世の中がよくなった。同じように、買い物をするときに児童労働で作られたものは買わない、環境に配慮した有機栽培の野菜を買うという人が増えれば、エシカルな商品の需要が増え、少しずつ世の中が良くなっていく――。

 「『世の中をよくするための投票をしているんだ』。こんな意識を持って、買い物をしたり生活したりする。それも、私たちがSDGsの目標を達成するためにできるひとつの行動なのです」

 白熱授業も終わりの時間が近づいてきた。池上さんは「情けは人のためならず」とし、こんなメッセージを送った。

 「困っている人を助けると、回り回って結果的に私たち自身が助けられる、ということ。途上国の貧しい人たちが健康な生活ができるように援助すれば、新型コロナのような怖い感染症の拡大を抑え、私たちの安全と健康が守られる。そして、SDGsが目指すのは、その上で『豊かになること』。これは実はとても難しい。17個目の目標は『パートナーシップで目標を達成しよう』。さまざまな負の連鎖を断ち切り、みんなが豊かな生活を送るためには、世界の人々が協力し地球規模で取り組んでいかなければならない。

 さて、その中で君たち一人ひとりが、何ができるのか? しっかりと考えてほしい」