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東山彰良のTurn! Turn! Turn! #33 福澤徹三さん 小倉の俠と味わう、B級グルメ

作家の福澤徹三さんと小倉の街を歩く。福澤さんおすすめの角打ちで喉を潤す=北九州市小倉北区原町1丁目のアサヒ屋酒店、河合真人撮影

 遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

 早いもので、2019年に朝日新聞社の社機「あすか」に颯爽(さっそう)と乗り込んで台湾を目指した連載開始から、間もなく丸3年が経とうとしている。その後もヘリコプターで五島列島方面を攻めたり、またぞろ「あすか」に飛び乗って宮古島や種子島に遊んだりと、やりたい放題であった。そしていつの日かふたたび「あすか」で飛べる日を夢見ているうちに時は流れ、気がつけばオミクロン株が猛威をふるっている今日この頃である。

 私は打ちひしがれ、すっかり意気消沈してしまった。しばらく感染状況が落ち着いていたのに、これでまた元の木阿弥(もくあみ)だ。が、たとえ飛行機に乗れなくても地球は回りつづけ、新聞は毎日発行され、締め切りはならず者のようにやってくる。厭世(えんせい)的になっているのは、なにも私ひとりではない。この世の終わりまで膝(ひざ)を抱えてスネていたくないなら、これはもうどうしたっておのれに活を入れて巻き返しを図るしかない。

 そこで私は北九州市は小倉在住の作家、福澤徹三さんに連絡を取ることにした。

腹ごしらえして、いざ夜の街へ=北九州市小倉北区、河合真人撮影

 ホラーからハードボイルドまで福澤さんの作風は多岐にわたるが、それ以外にも多くのグルメ小説を手掛けている。有名なところではテレビドラマ化もされた『俠飯(おとこめし)』シリーズがあるし、昨年は『そのひと皿にめぐりあうとき』や『作家ごはん』といったマウスウォータリングな作品も上梓(じょうし)されている。

 じつは前々から、私は福澤さんのピカレスク小説に登場する北九州のB級グルメに憧れていた。終夜働いている方たちのために朝から開いている焼き肉屋や角打ち、兄貴分が舎弟に焼きを入れたあとで連れて行く寿司(すし)屋など、そこに身を置くだけでアウトロー気分を味わえる店が軒を連ねている。福澤さんの本を読むかぎり、小倉とはそんな街である。そこでは極道者が夜な夜な命を落とし、きらびやかな女たちが笑いさざめき、路地裏では酔っぱらいがぶっ倒れている……。

 厭世的な気分を味わうより、小倉B級グルメを味わいたい。それに福澤さんに小倉を案内してもらうのは、たとえるならアル・カポネにシカゴを案内してもらうようなものである。心が浮き立たないはずがない。

焼き肉店では福澤さん自ら肉を焼いてくれた=北九州市小倉北区、河合真人撮影

 いちばんの理由は、やはりあの凶悪な面構えのせいだろう。とにかく文壇一の悪人面なのだ。数年前、東京は神楽坂のひっそりした幽暗なバーで酒を飲んでいたら、一見してヤバそうな男がふらりと入ってきた。全身黒ずくめで、銀のアクセサリーをジャラジャラつけていて、坊主頭の眼光鋭い男だった。私は縮こまって目をそらし、音を立てないように酒をすすったわけだが、言うまでもなくそれが福澤さんだったのである。

 私たちは福澤さんの高校の同級生がやっている「アサヒ屋酒店」という角打ちで落ち合い、まずは差しつ差されつで久闊(きゅうかつ)を叙した。

 アサヒ屋の大将は店を継ぐまえに、デパートで30年近く宝石を売っていたそうだ。そのせいか人当たりがよく、店もあたたかみがあって居心地がよかった。大将の親戚が造っているという焼酎をどんどんふるまってくれたので、私はずっとそこで飲んでいたくなった。いろいろ飲ませてもらったなかでは、「焙煎(ばいせん)麦焼酎つくし」が気に入った。焼酎のことはよくわからないが、大分の麦焼酎「兼八」に勝るとも劣らぬ馥郁(ふくいく)たる麦の香りにうっとりしてしまった。かぼちゃで造った焼酎もいただいた。

大将のおかあさんオススメのおつまみが並んでいた=北九州市小倉北区原町1丁目のアサヒ屋酒店、河合真人撮影

 ひさしぶりにお会いした福澤さんはと言えば、あの神楽坂の夜よりもさらに凶暴度が増していた。

 革ジャンに銀のアクセサリー、おまけに髪を金髪に染めている。私は奮い立った。映画『仁義なき戦い』が封切られたときは日本のヤクザ人口が増えたと聞くが、まさにそんな矢でも鉄砲でも持ってこいの気分である。もし福澤さんが顔に刺青を入れるつもりだと言い出したとしたら、私は全面的に支持したい。コロナ感染について尋ねると、事もなげにこう言われた。

「あんなもん、短い懲役に行ったと思えばどうってことない」

 さすがに言うことがちがう。

 それから、夜の街に繰り出した。福澤さん行きつけの焼き肉屋で美味(うま)いホルモンを食い、福澤さん行きつけのバーでカラオケを歌った。小倉の街角で福澤さんが遭遇したハードボイルドな話を肴(さかな)に、美味い酒をたらふく飲ませてもらった。

 「小倉で喧嘩(けんか)をするときは、まず相手の身元をしっかり聞き出さないかん。おとなしそうに見えても、バックになにがついとうかわからん」

 小倉で喧嘩をすることなんて金輪際ないと思うけど、私は肝に銘じておくことにした。

 短い時間だったけれど、小倉という街に私はどこか大陸的なものを感じた。友達の友達なら、もうそれだけで受け入れてやる理由になる。夜の街は猥雑(わいざつ)で、危険がそこかしこで身を潜めていて、身を守るためにはこちらも一筋縄ではいかないことをつねにアピールしなければならない。福澤さんと通りを練り歩いていると、こっちまでいっぱしの不良オヤジになったようで気分がいい。そうやって自分をごまかしながら飲む酒も、たまには乙なものである。

 てなわけで、今年もよろしくお願いします。=朝日新聞2022年1月29日掲載