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「その規約、読みますか?」書評 あまりに大量で「根本的な誤り」

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2022年07月16日
その規約、読みますか? 義務的情報開示の失敗 著者:松尾 加代 出版社:勁草書房 ジャンル:暮らしの法律

ISBN: 9784326404063
発売⽇: 2022/05/27
サイズ: 21cm/266p

「その規約、読みますか?」 [著]O・ベン=シャハー、C・E・シュナイダー

 目の前の商品やサービスに何の説明もなかったら、お金を払うかどうか決めようがない。だから、情報開示は市場経済には不可欠だと考えられている。ところが、現実はそれほど単純ではないらしい。
 本書は、米国において開示義務が辿(たど)った経緯とその結果を否定的にまとめ、説明した概説書である。著者のひとりであるベン=シャハーは、2000年代以後に急速に発展した新しいタイプの法と経済学を担ってきた世代の立役者だ。
 本書では、まず、米国における開示義務がどれほど広範かつ大量に行われているかを示す。iTunesで99セントの楽曲を購入する際の利用規約を紙に打ち出したところ、大学の吹き抜けロビーの2階の天井から床まで垂らしてもまだ余る様子は衝撃的ですらある。著者たちは、開示義務の失敗の実証的根拠を列挙し、その理由として、心理学的問題もさることながら、単純に知識と分量の問題をあげる。品質の良し悪(あ)しを星の数で表すなど何らかの工夫を加えても、「悪意をもった開示者はこの開示を利用することが容易で」、加えて開示義務作成の立法過程ゆえに悪い結果すら生み出す。もちろん、「開示義務が助けになることも時にはある」。しかし総じて「開示義務は、根本的に修復不能な根本的な誤りである」と結論する。結局、開示者と利用者、立法者の利害が一致する対症療法を、ひとつひとつ丁寧に見つけなければならない。
 翻って日本でも、開示義務と自己決定の組み合わせこそが公平な社会を生み出すと信じられている節がある。評者の周辺で喧(かまびす)しいジョブ型雇用などはその最たるものだ。しかし、本書で示されたように、市場経済のなかで情報を集め判断するコストは(歪曲〈わいきょく〉の可能性も含めて)無視できない。局面によっては、自己決定をあきらめ、委任や信認を使う、有用な情報を生産する仲介者をうまく使う、などの必要があるだろう。
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Omri Ben-Shahar シカゴ大ロースクール教授▽Carl E.Schneider ミシガン大ロースクール教授。