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「太陽諸島」書評 多様な出自と言語で境界溶かす

評者: 江南亜美子 / 朝⽇新聞掲載:2022年11月26日
太陽諸島 著者:多和田 葉子 出版社:講談社 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784065291856
発売⽇: 2022/10/20
サイズ: 20cm/335p

「太陽諸島」 [著]多和田葉子

 共同体からの離脱と再編入という以前から描かれてきた「移民文学」のテーマに、さらに非定住と移動の継続という現代的な視点を加え、それをおもに言語の問題として捉えて物型化したのが、多和田葉子の近年の作品、すなわち『地球にちりばめられて』『星に仄(ほの)めかされて』『太陽諸島』の3部作である。
 主人公のひとりHirukoは、いつのまにか存在が消えた母国から遠く離れ、欧州で母国語話者を探す旅に出た。前2作で、彼女は移民としてのサバイブ能力をあれこれ身につけるがその最大のものがスカンジナビアならどこでもなんとなく意味が伝わる「パンスカ」なる人工言語を作ったこと。言いたい内容をシンプルに表現できるパンスカで、周囲とのコミュニケーションをとっていく。
 本作では、コペンハーゲンの港を出発点に、バルト海を東へ進む船旅がはじまる。おともは、さまざまな出自を持つ仲間たちだ。デンマーク人で言語学者としてパンスカに興味を持つクヌート、ドイツ人で環境問題に意識的なノラ、インド人でトランスジェンダーのアカッシュ、そして日本語を学んだエスキモーのナヌーク。失語症状態だったSusanooは、突如、Hirukoと同じ言語を話し始めた。彼らは母語と非母語、公的言語と私的言語を駆使し、違いを尊重したままで連帯(ときに衝突も)し、旅をつづける。
 6人は国際紛争や自然保護、フェアトレードを始めとする連帯経済や労働者の権利について思索を巡らせる。が、いずれも簡単には答えが出ない。同様に、海上では国境という概念はあいまいになり、Hirukoに母国とは何かとあらためて考えさせる。「国は消えることがあるけれど町は消えない」
 喪失した母国への帰還はかなうのか。言葉遊びで読者をはっとさせ、ユニークな翻訳論の側面も持つ本作。無限の神話的イメージの広がりへと誘われる。
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たわだ・ようこ 1960年生まれ。小説家、詩人。著書に『献灯使』『雲をつかむ話』『雪の練習生』など。