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「暗闇の非行少年たち」松村涼哉さんインタビュー 更生への希望、小説に込めて

松村涼哉さん

子供たちの行き場のなさを描きたかった

――『暗闇の非行少年たち』には、どのような反応が多いですか?

 自分とは遠いものだと思っていた非行少年という存在が、僕自身も調べていくうちに他人事とは思えなくなったこともあり、今回は特に、非行少年の実態を知らない人に読んでもらいたくて。実際、少年少女の非行や更生が今どうなっているか、この本を読んで初めて知ったという反応も多いです。あと、僕の本の読者は中高生が多いんですけど、僕も彼らもこの本の登場人物のように、ちょっとしたことで道を踏み外す可能性もあり得る。これは他人事にできないと思った読者の方もいるようです。あと、子供から勧められて読んだら面白かった、なんて年配の方がいて、それもすごく嬉しいですね。

――『暗闇の非行少年たち』もですが、松村さんの小説は登場人物の多くが中高生ですよね。

 大学生の時に書いたデビュー作でいじめを扱っていたんですけど、いじめについて色々調べているうちに、「少年法は今どうなっているんだろう?」と考えたり、児童相談所の実状を調べたりするようになって。それが大きいですね。

――非行少年たちが集まるのが「ブル前」という架空の場所ですね。新宿の歌舞伎町にも、「トー横」(TOHOシネマの横、の略称)という溜まり場があって、ホストや家出少年など、わけありの人たち(通称・トー横キッズ)が集まります。ブル前のモデルはトー横ですか?

 トー横もそうなんですけど、名古屋にも大阪にも博多にも、若者がたむろできる場所がたくさんできているんです。名古屋にも「ドン横界隈」という場所があるんですよ。トー横は、2、3回、東京に行った時に見てきましたが、それ以外の場所もモデルになっていますね。色々な集まり場所が混ざっている感じですね。

 ただ、テレビなどの報道を見ると、トー横が単なる非行少年の集う、怖い場所だと言われていて。それにはかなり違和感がありましたね。あそこは、行き場のない人たちの逃げ場という側面もあるわけで、今回の小説では、そこをちゃんと描きたかったんです。

――登場人物が一般的な缶チューハイよりもアルコール度数が高い「ストロングゼロ」をストローで飲む場面がありますが、あれはトー横で実際見られる光景です。リアリティがありますね。

 そこに関しては実際にトー横を見たことも大きかったですね。TikTokとかInstagramで「トー横界隈」とか、名古屋の「ドン横界隈」などで検索すると、彼らの実際の声や素の姿が分かってきて。今回は特にそうなんですけど、特定の文献や資料というよりは、ネットの色々な書き込みだったり、YouTubeの映像だったり、そういうところから実際の少年少女の声を拾って、なるべく幅広く調べていましたね。

『暗闇の非行少年たち』(メディアワークス文庫/KADOKAWA刊)

メタバースなど最新AIに可能性見いだす

――オフラインでの自助グループの場面でひとりが発した「少年院や刑務所を出た人間を、もっとも苦しめるのは孤独ですよ」というセリフが非常に象徴的で印象に残りました。

 そうですね。例えば、少年院にいた少年の5人にひとりは5年以内に少年院や刑事施設に戻ってきてしまうとか、出所しても思うようにいかない現実があるとか。そういう事実は法務省の犯罪白書で取り上げられているグラフなどを調べて知りました。

 そういう再犯率の高さに関するエピソードを知った時に、自分も虚しさといたたまれなさに苛まれて。例えば、出所後に小さなアパートでひとり暮らしするけれど、あまりにも孤独で追い詰められて、再び犯罪に手を染めてしまう。そういう状況が実際に多くあるんです。大勢の人を巻き込むような犯罪には手を染めた少年たちも、もし周りに仲間がいて孤独に悩んでいなかったら、そうなっていなかったかもしれないと思いますね。

――ここ数年だと『ヤクザと家族The Family』『すばらしき世界』といった映画でも出所後の更生の難しさが描かれています。普遍的な問題なんでしょうね。

 少年院のルールで、少年同士は基本的に会話しちゃいけないらしくて。ちょっと会話するのにも許可が必要とか、連絡先の交換は絶対にダメとか決まっているそうなんです。非行少年同士がそこで友達になっちゃうと、社会復帰した後に連絡を取ってチームを組んだり、さらに非行の道に進むこともあるので。でも、彼らが院内でできたつながりを絶たれてしまったら、少年院から出た人は誰が迎えてくれるんだろうと思ったんですよね。特に両親がいなかったり、絆がなかったりしたら、余計そうだと思いますし。

――そんな新刊では、メタバース(仮想共有空間)的な世界に複数のアバターがいて、少年少女が自助グループを作るという、かなりユニークで先進的な設定です。このアイディアはどこから?

 まず「更生」をテーマにした小説を書こうと思っていたんですけど、そこでたまたまメタバースのニュースを目にしたんです。いつかもっとメタバースが流行れば、小説内にあるような自助グループも生まれるのかもなって思って。今のところ、該当する例を聞いたことはないので、そういう場所があったら良いな、という願望込みで設定を書きました。

――作中でネバーランドと呼ばれるメタバースは、Twitterやスペースとは違うものとして想像されていますね。小説では少年少女がVRという仮想空間向けのゴーグルをつけて、ネット上で友達と知り合います。

 自分もVRは使ってみたんですけれども、凄くリアルでびっくりしたんです。相手の身振り手振りなどが、アバターと同期してはっきりと分かるんですよ。右に回れば右から声が聞こえてきたりするし、もちろん逆もそう。その辺は、ClubhouseとかスペースとかTwitterで喋っているのとは違うものがあって。VRを使ったメタバースの方が、人と直に触れ合う感覚が味わえると思います。慣れればすごく居心地が良い空間になるという予感がしていますね。

――では、学校とも家庭とも会社とも違う、新しい居場所になる可能性があると。

 はい。先ほどお話ししたように、トー横のような場所は大事だけれど、100%安全で健全な場所かって言うと、必ずしもそうじゃない。他人の犯罪に巻き込まれることも、ありえなくはないですよね。じゃあ、どんな居場所が作れたら良いかと思った時に、新たなSNS上でコミュニケーションが図れる空間はどうだろう、とアイディアが浮かびました。もちろん、VRの道具だってお金はかかるし、誰もが居心地よくいられるかは分からないですけど、そういう居場所がちゃんとある世の中になってほしいな、とは思います。

――少年犯罪もそうですが、現実に起きていることや、起こりそうなことに強い関心があるんですね。

 そうですね。ただ、当事者じゃない自分が、勝手に非行少年たちのことを書いて良いのか? という引け目はずっとあって。少年犯罪の関係者でもないのに、自分が非行少年のことを書くなんてどうなんだ、という葛藤はずっとあるんです。ただ、時々DMで「小説を読んで、学校の授業で発表するテーマを少年法にしました」とか、「将来は児童福祉施設の職員になりたいと思います」とか、そういう声が来ると「書いてよかったし、今後もそうありたいな」という心境になりますね。自分も社会に貢献できた、というとちょっと大げさですけど、そういうことができる作家ではありたいなと思っています。

中高生のリアリティに挑み続ける

――中高生を描くにあたって、松村さんが中高生だった頃と、今の彼らのメンタリティって当然変わってきていますよね。そこのズレを感じることってないですか?

 絶対にズレはあるんですよね。だから、そのズレを感じなきゃいけない……というか、感じなくなるほうが怖いと思っています。そのズレを解消するために取材やリサーチをしているわけで。自分の頃は、教室って閉じられた環境だった気がするんですけど、今はスマホがあって、つながり方はたくさんできていますよね。自分の小説にも出てくるように、今はクラスのグループLINEがあって、全員がある情報を共有している。そういう、今の若い人じゃないと分からない感覚や気分を、どれくらいリアリティをもって書くというのは、日々挑戦しているところですね。

――2021年に刊行された松村さんの『犯人は僕だけが知っている』には、英国の社会学者であるジョック・ヤングの『排除型社会』という本をキーワードとして挿入していましたね。今回、創作の上で自分を鼓舞してくれた作品はありますか?

 映画なんですけど、『ショーシャンクの空に』は、刑務所を出る前と出た後の両方の話なので、書き始める前と書いている途中に見なおしました。参考になったかは分からないけど、自分を鼓舞してくれた作品のひとつですね。

――最後に、今後書いてみたいテーマなどがあれば教えてもらえますか?

 今後について言うと、これまで中高生が主人公の物語ばかり書いてきたせいなのか、歳を重ねてきたせいなのか、もうちょっと上の世代向けの小説を書いてみたいと思うようになりました。そこまで具体的には決まってはいないんですけれど、これまでの読者さんにも楽しんでもらえ、かつ上の世代にも受け止めてもらえるような作品を書いてみたいなという気持ちはありますね。