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野球は心のスポーツだ! 『野球の90%はメンタル』はメジャーリーグの心の問題を突きつける

記事:春秋社

バッターボックスに佇むボール
バッターボックスに佇むボール

大谷翔平選手が活躍するメジャーの野球とは

 大谷翔平選手の活躍がとまらない。これを書いている時点で打者としてはホームラン43本でホームラン王争いのトップを走り、投手としても9勝1敗。とりわけホームランのペースはすさまじく、成績がどこまで伸びるか予測することすらできないが、ベーブ・ルースの昔ならばいざしらず、現代の野球で投手と打者の二刀流なんてことが可能なのかという疑念を吹き飛ばす大活躍だ。以前アメリカ人の英語教師に「イチローは凄いんだろうけど、僕にはピンと来ない」と言われたことがあって、やはりアメリカではパワーこそ正義なのか、と思ったものだが、投げては160キロの剛速球、打っては初速188キロの弾丸ホームランの大谷選手には、アメリカの野球ファンも大満足に違いない。

 では、アメリカの野球はパワー重視で大味なのかというと、もちろんそんなことはない。野球ファンの方々なら十二分にご承知のとおり、科学的な手法を大幅にとり入れた指導や選手起用、戦術の分析もメジャーの大きな特徴だ。典型的には、統計学の手法を駆使して野球の戦術や選手の貢献度を評価するセイバーメトリクスで、「大谷選手のopsが1を超えている!」と驚きをもって言うときのopsなんかもその指標のひとつだし(opsは打者を評価する指標だが、1を超えるとMVPクラスらしい)、送りバントや盗塁の有効性が否定されたこともよく知られている。私のようなにわかファンは野球の試合を監督気分で見ていて、たとえば無死一塁だと反射的に「お、ここは送りバントの場面だな」なんて言ったりするけれど、緻密で職人芸的なスモール・ベースボールが好きなつもりの日本の1ファンのほうが、よほど非合理な迷信や根拠のない習慣的思考にとらわれているみたいである(自己批判)。

 そんなメジャーリーグでいま注目されているのはメンタルだという。セイバーメトリクスなど科学的手法をどんどん導入したはてに、人間の精神力や心理にも科学的手法をとり入れて、さらなるパフォーマンスの向上をめざすのかと思ったのだが、いや、そういう側面はもちろんあるのだが、本書『野球の90%はメンタル』が示すメンタルの重要性は、それにとどまらない意味を持っている。

苦労人ボブ・テュークスベリー

 本書の著者ボブ・テュークスベリーは、1960年にアメリカのニューハンプシャー州に生まれ、1980年代後半から90年代前半に活躍した投手である。本書のとりわけ前半は(第1章を除いて)自伝的色彩が強いが、貧しい家庭に生まれ、両親も不仲で、学校の壁にストライク・ゾーンを描いて孤独な投球練習をしたことや、名門ラトガーズ大学に入るもドロップアウトし、しかし一念発起して大学に入りなおして、ヤンキースの目にとまってプロ入りするも、なかなか芽が出ず、肩の故障もあって球速を失ったが、絶妙のコントロールと打者との心理戦で活路を開いて大活躍し、オールスターにも出場したこと、引退後ボストン大学の大学院で心理学を修め、メンタルスキル・コーチになったこと――こう書くと、いかにもアメリカン・ドリームを体現したサクセス・ストーリーのようだが、彼が自分の半生を詳細に描くのは、まさにそれが必要だからである。

実体験の持つ迫力

 本書の中心が、テュークスベリーが現役時代に、強打者たちとどんな心理戦をくりひろげ、どんな配球をしたか、あるいはこれまで、メンタルスキル・コーチとして選手にどんな指導をしてきたかにあるのはまちがいない。ジョン・レスター、アンソニー・リゾといった一流選手を指導した経験から、自分を鼓舞するための言葉が、かえってネガティブな結果につながる心理の罠、内面の弱気な自分をどうコントロールするか、試合前のイメージ・トレーニングのやりかた、呼吸の重要性、そんなこんなを、あまり理屈っぽくならないように、訳者の神保氏の言葉を借りれば「軽いノリで」、具体的な場面に即して紹介している。野球でなくても、仕事で緊張しているときや、失敗しそうで不安なときなど、いろいろと応用ができそうだ。ドキュメントとしても、試合に登板したときの、たとえば本塁打数歴代1位のバリー・ボンズやシーズン本塁打70本のマーク・マグワイアといった面々との対戦は、読んでいて手に汗握る緊張感があるし、オールスターでは大失敗するのだが、そのときの心理状態や失敗の理由も詳しく述べられ、身につまされるようである。巨人にいたガリクソンなど日本でも活躍した選手がときどき登場するのも、日本の読者としてはうれしい。

 その一方で、彼のマイナー時代のエピソード――仲間とのどんちゃん騒ぎ、なかなか昇格できないときの焦燥、故障して手術を受ける不安など――あるいは、マイナーであがきつづける他の選手たちの姿などにも、たいへん心惹かれるものがある。野球というものは決して試合のなかで完結せず、選手たちの人生全体と大きく関わっていることを示してくれるからである。

野球にメンタルの専門家が必要な大きな理由

 本書によると、「1876年のナショナル・リーグ創設以来、メジャーリーグで1試合でも出場したことのある選手は1万9000人強」で「現在高校で野球をしている選手は約48万3000人」だそうである(p. 214)。現役の高校球児のほうが、歴史上のメジャーリーガーの総数より25倍ほど多いわけだ。

 新人は1A、2A、3Aと重厚な階層構造の下からメジャーへの遠い道程を歩きだす。マイナー生活は安い年俸と貧弱な設備、おまけにいつも旅の空だ。そのなかで、これまで人生のどの段階でもチームで一番野球がうまかったと自負するような人間が「自分はメジャーで活躍できるほどの器ではないという現実に直面させられる」(p. 355)。おまけに成績がよければ昇格できるわけでもない。たとえ昇格しても監督などお偉方の判断ひとつで降格され、ふたたび昇格できるかどうかはわからない。ケガもする。突然、思わぬかたちで、トレードや解雇をされることもある。「解雇通告はチームからの手紙で知らされるが、壁に張り出されるだけの場合もある」(p. 356)。テュークスベリーも、自分がトレードされたことを、滞在していたホテルのベルボーイから教えられたという(p. 132)。つまるところ、選手生活そのものが、とてつもなくメンタルに悪いのである。

「選手が、ある日、長年の夢が自分の手の指の間からすり抜けていくような、言葉では説明し難い苦しい感覚を覚えた時、その選手はどうしたらいいのだろうか?」(p. 214)

 テュークスベリーは、これは「もしそうなったら」という仮定の問題ではなく、誰でも直面する現実の問題だと言っている。本書では、マイナーの段階で野球を諦めて退団し、別の道で成功した選手の話や、麻薬使用を告白され、その選手をニューヨークの医師のもとへと連れていったエピソードも紹介されているが、混乱する選手のメンタルを手当し、進路の決断や生活上の相談に乗るのもメンタルスキル・コーチの大切な役目だ。

 日本でもスポーツ推薦で高校や大学へ入って、そこで伸び悩んでそのスポーツを諦めたり、ケガで選手生命を絶たれたりすることがあるだろう。奨学金をもらっていたりすると、学生生活が詰むかもしれない。もちろん学業においても、それまで学校で1、2番だった生徒が、進学校に入った途端、底辺になってショックを受けたという話は耳にするが、その場合ショックは受けても、人生の方向性を変える必要は特にない。しかしスポーツにすべてを賭けてきた人間は、スポーツを失ったら0からの再スタートになる。そんな事態に対して、学生に信頼され、相談を受け、心理状態を改善させ、きちんとアドバイスができる専門家が近くにいるのか気になるところだ。挫折で人生をあやまつ人間が少しでも少なくなるように、テュークスベリーのようなメンタルの専門家の役割は日本でも小さくないのではないかと思う。

おわりに

 野球でも私たちの人生でも、いろいろな人間と出会うことになる。よい人間とは限らない。本書にも、身勝手なオーナーや石器時代のような時代遅れの考えをもった監督が登場する。どんな監督に当たるかも、どんな会社の上司や同僚と一緒になるかも運任せだ。「よかれ」と思って、的外れなアドバイスをしてくる人間もいる。しかし、そんな人々にメンタルをかき乱されるのは、ばかばかしいことだ。メンタルについて理解を深め、それなりに訓練することで「否定され続けることに耐えられるだけの強い土台を確立する」(p. 117)ことができるという。「無知な人間や残酷な人間にあなたの精神状態を左右させてはならない」(同)というのは本書の基本テーマだが、そのために本書はきっと役に立ってくれることだろう。

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