1. HOME
  2. インタビュー
  3. 働きざかりの君たちへ
  4. 村田龍一さん「喫茶店の椅子とテーブル」インタビュー 深い喫茶店愛

村田龍一さん「喫茶店の椅子とテーブル」インタビュー 深い喫茶店愛

文:岩本恵美、写真:斉藤順子

いつも最後に残るのはテーブルと椅子だけ

――閉店する喫茶店の家具を売る。他にこんなことをしている人はきっといなさそうですが、どうして村田さんはこのような事業をやってみようと考えたのですか?

 村田商會を始める前は11年ほど会社員をしていて、退職した後で何かできることがないかなと考えて立ち上げたのが村田商會でした。
 もともと喫茶店自体は大学生のころからずっと好きで、いろいろ巡っていたんです。そんな中、24歳くらいの時に好きだった喫茶店が閉店してしまうということがあって、そのお店のご主人から喫茶店の椅子とテーブルを1セット譲っていただいたということが原体験としてありました。その椅子とテーブルは今でも自宅で使っています。
 喫茶店巡りを続けていると、好きなお店が閉店するということが何度かあって、ただ、その都度家具をもらってくるわけにもいかず……(笑)。
 家具を売りたいというよりも、自分がいいなと思うものが捨てられてしまうこと、喫茶店がなくなってしまうことに対して何かできないかなという思いがもともとすごくあったんです。それで、退職後に何かできないかなと考えていたときに、閉店した喫茶店から家具を引き取って販売してみたらどうだろうと思いつきました。

――それは何か勝算があったのでしょうか?

 お店が閉店するとなった時って、いろんな業者が来て色々引き取っていくんですけど、テーブルと椅子だけはどこも引き取ってくれないことが多いみたいです。中古の家具屋さんなどを回ってみても、アンティークとかビンテージ家具という世界はあるんですが、なかなか喫茶店で使われていたようなものは出てこないなということがわかってきて。これは誰もやっていないことなんじゃないかなと思いました。
 それとやっぱり、最初に自分が喫茶店の家具を引き取ってきたときに、好きだったお店で使われていたものだから自分の家に置きたいという思いがあって、同じように思ってくれる、共感してくれる方も多々いるんじゃないのかなと思ったんです。
 だから、村田商會で販売するときには、喫茶店の名前とどんな風に家具が使われていたのかをホームページできちんとご紹介して販売するというスタイルをオープン時からやってきました。

村田商會から椅子とテーブルを購入した、墨田区の喫茶ランドリーにて
村田商會から椅子とテーブルを購入した、墨田区の喫茶ランドリーにて

――ネット販売が主ですが、個人的にはどの商品もけっこうお安い価格に感じました。これで生計って立てられているんでしょうか?

 ギリギリですね。一応、何とか。最初の1年ぐらいはかなり厳しい時期もありましたけど。
 市場価格というものがないので、自分で仕入れ値や販売価格を決めるしかないんですが、あまりプレミア価格のような値段にはしたくなかったんですよね。普通に手が届くお値段にしたかったのと、倉庫がそこまで広くないので多くの在庫を抱えられないという事情もあって。一度仕入れたら早めに売り切らないと次の仕入れができないんです。

引き取ったからには、必ず新たな使い手に届けたい

――家具の仕入れから販売までの工程のうち、補修作業も自らされていますが、もともとそういうお仕事だったんですか?

 いえ。前職でも家具を扱うことはなかったんですが、いろいろといじったりするのは元々嫌いではなかったので、独学でやっています。
 引き取ってきたものをよくよく確認してみると、補修しないと売れないという場合も多々あるんです。だからといって、捨ててしまうのは自分のプライド的に許せない。「売ります」と引き取ってきたものを、またお金をかけて捨てるのも悔しくて。ものによっては手間ひまや経費がかかってマイナスになってしまうものもあるんですけど、やっぱりちゃんと売りたいんですよね。

――これは大変だったというものはありますか?

 一番大変だったのが、「ひまつぶし」という喫茶店の椅子です。クッション部分を開けてみたらスポンジが全部落ちちゃってボロボロ。綿を詰め直せば大丈夫かなという軽い気持ちで引き取ったら、新しく布を張り替えて鋲も付け替えないといけないもので……。1脚に7、8時間はかかったんですけど、それを7、8脚くらい一人で作りました。正直、この作業はもうやりたくないですね(笑)

「喫茶店の椅子とテーブル」(実業之日本社)より。右上の椅子が村田さんの手によって生まれ変わった
「喫茶店の椅子とテーブル」(実業之日本社)より。右上の椅子が村田さんの手によって生まれ変わった

――村田商會を始めて、この12月で丸三年ですが、喫茶店のオーナーやお客さんとの思い出深いエピソードはありますか?

 色々あるんですけども、東京・入谷にあった「HANA NO OTO」という喫茶店の家具は、初めてお店のお客さんだったという人が買ってくれたんです。その方は閉店することを知らなかったみたいで、めちゃくちゃ喜んでくれて。お客さんもお店の近所の方だったので家具をお届けがてら、HANA NO OTOに行って三人でお話をする機会を作ることができました。

――お客さん時代は話すことも面識もなかったところを、家具でご縁をつなぐことになったんですね。

 そうですね。初めてそういうことがあって、自分がやっていることは続けていけそうだなというのを確信しました。

喫茶店は雰囲気を楽しみたい派

――いろんな楽しみ方があるとは思うのですが、村田さん流の喫茶店の楽しみ方はありますか?

 いまのチェーン店全盛の時代にないものがあるっていうのが、個人経営の喫茶店の大きな魅力ですよね。僕はスイーツやコーヒーにはこだわりはありません。どっちかといえば、やっぱりモノにこだわりが強いのかなと思います。
 古い喫茶店の魅力って、内装がレトロなところ。椅子もテーブルも含めて、今ではなかなか作れない内装や、何十年もの時をかけて作られた雰囲気みたいなものは大きな魅力だと思います。そういう全体的な雰囲気を楽しみに喫茶店に行きますね。
 あとは、僕はたばこを吸わないんですが、マッチを集めてコレクションしています。だいたい400個くらい。マッチがないというお店もあるので、この20年近くで多分1000店舗くらいの喫茶店には行っているんじゃないかなと思います。

本を読みたくなる喫茶店と喫茶店で楽しみたい本

――読書に向いているおすすめの喫茶店があったら教えてください。

 荻窪の邪宗門ですね。オープンして63年くらいのお店なんですが、建物も当時のままのもの。1階がキッチンになっていて、2階が客席になっているので、静かに過ごすにはいいかなと思います。古い建物なので階段がめちゃくちゃ急なんですけど、80歳はだいぶ超えていらっしゃるマダムがトレー片手にその急階段を普通に上がってくるんです。僕もかなり好きなお店の一つですね。

――喫茶店で読むのにおすすめの本はありますか?

 獅子文六の『コーヒーと恋愛』(ちくま文庫)ですかね。長編小説なので、喫茶店で最初から最後まで読むという感じではないんですけれども。
 戦後のドタバタしているころの喫茶店を舞台にした恋愛模様が描かれていて、コーヒーが珍しかったものから大衆的なものになる時代の移り変わりみたいなものも描かれています。
 喫茶店好きの人が読むと、きっと興味深いかと思いますね。あと、戦後の時代って辛くて苦しい時代だったんだろうなという思い込みがあるんですけど、この小説の中ではけっこう皆がたくましく明るく生きていて、そういう側面もあったのかなと思うと面白かったです。

夢は喫茶店ミュージアム

――今後、村田商會として取り組んでいきたいことはありますか?

 今のところは、家具や食器など自分だけで引き取れるものを販売していますが、ゆくゆくは喫茶店の造り付けのカウンターや壁も引き取ってみたいですね。たとえば、「キャメル」っていうお店の壁は、コーヒー豆の木箱をイメージして作った壁なんですよ。

「喫茶店の椅子とテーブル」(実業之日本社)より。右上の椅子の後ろの壁をよく見ると、コーヒー豆を入れる木箱のようなデザインになっている
「喫茶店の椅子とテーブル」(実業之日本社)より。右上の椅子の後ろの壁をよく見ると、コーヒー豆を入れる木箱のようなデザインになっている

 それと、ずっとネットショップでやってきたので、実店舗をやってみたいですね。あとは、喫茶店のものを丸ごと引き取っては1セットずつ非売品として取っておいて、ミュージアムみたいなものができたらいいかなと思っています(笑)。今はスペースもないので仕入れたものは泣く泣く全部売ってしまうのですが、そういうものを取っておいたら面白いと思うんですよね。