グリコ・森永事件を題材に18万部を超えた『罪の声』から2年。塩田武士渾身(こんしん)の一作が連作短編集『歪(ゆが)んだ波紋』(講談社・1674円)。ジャーナリズムと誤報が主題で、5編が収められている。いずれも新聞記者、元記者が主人公だ。
例えば冒頭の「黒い依頼」。ひき逃げ事件で男が死亡した。地方紙の近畿新報は、妻が実行犯と示唆する記事を載せる。入社13年目の記者・沢村が妻を取材するが、記事は先輩の特ダネ記者とデスクの捏造(ねつぞう)だった。フェイクニュースをつくるためのサイトを参考にしていたという点が、不気味さを増幅させている。「虚報は情報を受けとった人間の混乱、といった程度では済まない」「人生を狂わされたり、回復できないほど傷ついたりする人々が、確かに存在するのだ」という言葉が重い。
SNSやネットの登場で、意図的に歪められた情報の波紋が世の中に広がっていく現状が、これでもかと描かれる。このままでいいのか。一記者として、問いを突きつけられている気がした。(西秀治)=朝日新聞2018年10月13日掲載
編集部一押し!
- 朝宮運河のホラーワールド渉猟 空木春宵さん「感傷ファンタスマゴリィ」インタビュー 社会の痛みに向き合った幻想SF 朝宮運河
-
- 図鑑の中の小宇宙 「すごすぎる絵画の図鑑」 フェルメールの名画の黄色の正体は…… 岩本恵美
-
- 鴻巣友季子の文学潮流 鴻巣友季子の文学潮流(第13回) 「女性は存在しない」!? メイル・ゲイズ(男性の眼差し)を超えて 鴻巣友季子
- 新作映画、もっと楽しむ 映画「陰陽師0」奈緒さんインタビュー 平安時代の女王役「負の感情を『陽』に。自分の道は変えられる」 根津香菜子
- マンガ今昔物語 パッとしないが、実はすごいヤツ。令和の会社員像は 鍋倉夫「路傍のフジイ」(第143回) 伊藤和弘
- 本屋は生きている でこぼこ書店(埼玉) 本を介して人が集まり、学ぶ場所。元バスケ青年が始めた小さな挑戦 朴順梨
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社