「寺内貫太郎一家」のきんさんや「万引き家族」の老婆もそうだが、「七人の孫」でお手伝いさんを演じた20代から、樹木希林さんは唯一無二の俳優だった。テレビの食べ歩き番組に出演した時、最初の店で食べ残したご飯をおにぎりにしたのを、他の店で「段々おなかすいてきた」と取り出して食べ始めた。一緒に出ていた市原悦子さんは、この人との半日を「強烈な時間でした」と表現した。
本書は、昨年9月に逝った希林さんのインタビューや対談から選(え)りすぐりの言葉を集めて編んだ一冊である。
靴は長靴を含めて3足。下着は友人たちの死んだ夫の買い置きのラクダの股引(ももひき)やステテコで、みな前が開いていた。都心の家に置く家具は使わなくなった物をもらうか、拾うか。名優であったが大女優と呼ばれることはなかった人にとって、主役も脇役も通行人も同じ仕事で、要は「採算がとれるか」。小学生の娘をアメリカに留学させた際は手紙一通も出さず、中学生になっても服を買ってやることはなかった。いちいち参りました!のエピソードの中に自我との格闘がのぞく。欲や執着心は薄いのに家や毛皮が好きで、責任を伴う結婚は人を成長させると考える大人であった。
他人の視線も、孤独も、老いも、がんも、死も。そんなはずはないだろうに、普通の人には怖いものが希林さんは怖くないらしい。それは子どもの頃から抱える「生きることへのしんどさ」のせいだったのか。怖いものがなくなる過程に何があったのだろう。53歳の時には、「存在そのものが、人が見た時にはっと息を飲むような人間になりたい」と語っている。
他を圧したリアルな演技と二重奏のような、内実を伴う成熟した生き方。煩悩を手なずけて思うままに生き、物を使い切ったように自分も始末してこの世からグッバイ。お墓や相続など「いかに死んでいくか」の情報があふれる高齢化社会の一つの理想が、ここにある。
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文春新書・864円=8刷50万部。18年12月刊行。担当編集者は「喪失感を埋めるため、手に取っている購読者が多いようだ」。=朝日新聞2019年2月2日掲載
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