日本を代表する本の街、東京・神保町。小さな専門古書店が軒を連ねるなか、大型の新刊書店もいくつかある。その一つが東京堂書店神田神保町店だ。1890年の創業以来、この地で営業を続ける。
店に入ると、落ち着いた照明のもと、穏やかな空気に包まれる。1階のレジ前に鎮座する新刊コーナー。「知の泉」が正式名称だが、通称「軍艦」のほうが通りがよい。客がそう呼んだと伝わるが、時期などは分からない。そんな老舗ならではの逸話を、河合靖店長が教えてくれた。
艦橋に見立てられる棚を取り囲むように、甲板のような平置きスペースが広がる。ぐるっと一周すると、東京堂の特徴が腹に落ちる。人文書の充実ぶり、そして売れ筋になびかない文芸書のラインアップ。
昨今の大型書店とは違った静謐(せいひつ)な雰囲気の理由を考えながら店内を巡ると、書店員によるポップが少なく、あっても控えめな文言であることに気づいた。「本の表紙こそがポップなんです」と河合店長。
お目当ての本を探しに行くというよりも、本の森を散策するような気分で立ち寄りたい店だ。3階まである売り場には、フェアのための棚が11カ所も。手にとり、ページを繰りながら、周りの本に気をとられる。そんな移り気が楽しい。
2012年にカフェを併設。それまで1割程度だった女性客が、3割ほどに増えたという。家まで待ちきれない本好きでにぎわっている。(宮本茂頼)=朝日新聞2019年4月24日掲載
◇売れ筋
●『返品のない月曜日』井狩春男著(ちくま文庫) 東京堂書店限定で昨年復刊。本の流通に欠かせない「取次」についてのエッセーで、河合店長いわく「書店員のバイブル」。
●『天皇陛下にささぐる言葉』坂口安吾著(景文館書店) 今年3月発行。定価216円(税込み)という小冊子で、安吾の天皇論・反戦論を収める。