「ベストセラー」というだけで敬遠してしまう癖のある人にこそ読んで欲しい、まごうかたなき「売れてる本」である。
2部構成で綴(つづ)られる物語の主人公は、幼くして実母を亡くした優子。水戸優子だった彼女は、その後、田中優子になり、泉ケ原優子を経て、森宮優子となった。都合3回名字が変わっているわけで、高校の担任教師をはじめとする周囲の大人たちは、優子を複雑な家庭の子どもだと見なしていた。
困ったことや、辛(つら)いことはない? 我慢しなくていいんだよ。不幸であることを前提で言葉をかけられるが、困ったことに、優子はなにも困っていなかった。実継合わせて父親が3人、母親が2人いるが「全然不幸ではない」のである。それはいったい何故(なぜ)なのか――。
大人たちの事情で家族の形態が変わったのは7回。第1部で17歳の優子は、血の繫(つな)がりはない37歳の男性「森宮さん」とふたりで暮らしている。その状況だけ見れば余計な心配もしたくなるだろう。けれど、読み進むうちに、優子の「親」たちが、それぞれの思いとそれぞれのやり方で、彼女を慈しんできたことがわかってくる。
中学教師の経験があり、これまでにも学校や家庭を舞台に描いてきた作者は、ドラマティックな展開や、大仰な感情表現で煽(あお)ることなく、日常の変化や忘れ得ぬ出来事を丁寧に掬(すく)い取ることに定評があった。親が5人いることも、血の繋がらない娘を養育することも、社会的な大事件ではないが、些末(さまつ)な問題ではない。歳月を経てそれぞれの想(おも)いが溢(あふ)れ出す第2部は、おためごかしの感動臭には敏感な本読みのプロたちが「素晴らしい」と口をそろえた。本屋大賞受賞以前から読み継いできたすべての読者も、これぞ瀬尾まいこの真骨頂、と破顔一笑したはず。
愛されている心強さ。愛せるものがある幸福。本書を貫く様々な優しさを、手から手へ、受け取って、渡して、繫げていきたいと願う。=朝日新聞2019年5月18日掲載
◇
文芸春秋・1728円=14刷42万部。18年2月刊行。本屋大賞、キノベス!第1位など獲得。女性書店員の支持が厚いという。
編集部一押し!
- 図鑑の中の小宇宙 「すごすぎる絵画の図鑑」 フェルメールの名画の黄色の正体は…… 岩本恵美
-
- 鴻巣友季子の文学潮流 鴻巣友季子の文学潮流(第13回) 「女性は存在しない」!? メイル・ゲイズ(男性の眼差し)を超えて 鴻巣友季子
-
- とりあえず、茶を。 最適気候 千早茜 千早茜
- 新作映画、もっと楽しむ 映画「陰陽師0」奈緒さんインタビュー 平安時代の女王役「負の感情を『陽』に。自分の道は変えられる」 根津香菜子
- 新作映画、もっと楽しむ 映画「湖の女たち」主演・福士蒼汰さんインタビュー 刑事の歪んだ支配欲、感覚で演じきった 根津香菜子
- 中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」 生きるために、変化を恐れない。迷いが消えた福岡伸一「生物と無生物のあいだ」 中江有里の「開け!野球の扉」 #13 中江有里
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社