大阪ミナミのアメリカ村。ネオンがともり活気づくころ、雑居ビルの奥にある精神科「アウルクリニック」に患者が訪れる。著者が5年前に開設してから4千人以上が訪れた。「高校生のころから働く人のために夜の診療所を作りたいと思っていました。アメリカ村なら若い人も来てくれるし、人目を気にせず通えるよう、あえて目立たないビルを選びました」
心の不調を抱えてやってくるのは会社員や教師、LGBTの人も。平均年齢は30歳前後、7割が女性だ。職場のいじめでうつ病になったのに「世間体が悪い」と辞め時を逸した女性、「私みたいな容姿でも、風俗の世界なら求められる」とリストカットを繰り返すデリヘル嬢……。クリニックのカルテは「閉塞(へいそく)感に満ちた現代社会の縮図」だとも記す。
両親が医師で、医者は「当たり前の夢」だった。多少の挫折はあっても順調だった人生が、研修医を終えた直後のくも膜下出血で一変。左半身にまひが残った。今は、昼間は兵庫県加古川市の病院の常勤医として認知症の患者らを診て、夜はクリニックで働く。二つの職場の往復は特急電車、夕食は午後11時過ぎという忙しさ。これでは自分が病気になってしまうのでは? 「いえ、クリニックは趣味なんで。部活のノリで楽しくやることを大切にしています」。この肩の力が抜けた感じが「自分はこうでなくちゃ」との思い込みでがんじがらめになった患者の心をほぐしてくれるのかもしれない。
開業からの5年間で感じた変化はあるだろうか。「昔からある普遍的な悩みを今の若者も抱えていることを再確認しました。僕も障害があるのに医師を続けていいかどうか強烈な不安に襲われることもあるのですが、そんな僕を頼ってくれる患者さんに、逆に支えられています」(文・久田貴志子 写真・滝沢美穂子)=朝日新聞2019年9月21日掲載
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