「声だけはね、若い頃から呼び込みで鍛えてるから。あっはっは!」。人生を振り返る本書のあちこちからも、朗らかな笑い声が響いてくる。
劇場経営に乗り出した父とともに、10代で長野から浅草へ。映画館や劇場が30軒以上ひしめく黄金時代から現在に至る街の浮き沈み、そして芸人たちの成長を見守ってきた。
「浅草には笑いの伝統が詰まってる。町工場の職人さんも、芸人さんに出世払いで飲ませる店の人も、みんな芸の良しあしを見る目があってね。ざっくばらんな一体感があって、そっから芸人が育っていく」
父たちが開いたロック座やフランス座は、ストリップだけでなく合間の軽演劇にも力を入れた。座付き作家の井上ひさしと野球チームを組み、全財産を持ち歩いて踊り子におごる永井荷風に目を見張り、人気俳優だった伴淳三郎が発案したサンバカーニバルは夏の風物詩に育った。
浅草フランス座は1964年、「浅草演芸ホール」に模様替え。志ん生、円生、文楽の名人芸、志ん朝最晩年の住吉踊りが目に焼き付いた。父から継いだ東洋興業の社長を退き、会長になった今も演芸ホールに毎日通う。「ちょいと疲れたなと思ったら現場に行って笑う。私がわーっと笑うとお客さんもつられるし、演者のいいとこを見つけて声も掛けてやれる。芸が一皮むけて『化けたな』と思う瞬間、これがまたいいねえ」
5年前に胃がんが見つかり全摘手術。「そのときも大笑いしたよ」。これで人並みになれたと自分の境遇を笑い、病室でも看護師が驚いてとんでくるほど大笑いしていたとか。
「笑いの種はどこにでもまかれてる。自分で種をまくのも大事。周りを楽しくしないと楽しくない。100歳になったらまた大笑いしたいね。そしたら100歳の笑いの本を出さなきゃ。あっはっはっはっ!」(文・藤崎昭子 写真・永友ヒロミ)=朝日新聞2019年9月28日掲載
編集部一押し!
- 著者に会いたい 大越健介さん「ニュースのあとがき」インタビュー 番組で抑えている「情」も 朝日新聞読書面
-
- 新作映画、もっと楽しむ 映画「湖の女たち」主演・福士蒼汰さんインタビュー 刑事の歪んだ支配欲、感覚で演じきった 根津香菜子
-
- 新作映画、もっと楽しむ 映画「陰陽師0」奈緒さんインタビュー 平安時代の女王役「負の感情を『陽』に。自分の道は変えられる」 根津香菜子
- 図鑑の中の小宇宙 「すごすぎる絵画の図鑑」 フェルメールの名画の黄色の正体は…… 岩本恵美
- 鴻巣友季子の文学潮流 鴻巣友季子の文学潮流(第13回) 「女性は存在しない」!? メイル・ゲイズ(男性の眼差し)を超えて 鴻巣友季子
- 本屋は生きている でこぼこ書店(埼玉) 本を介して人が集まり、学ぶ場所。元バスケ青年が始めた小さな挑戦 朴順梨
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社