俳句結社「ホトトギス」の名誉主宰で朝日俳壇選者の稲畑汀子さん(88)が、80年におよぶ俳句人生の「集大成」として、『俳句を愛するならば』(NHK出版)を刊行した。エッセー風の俳論集で、作句と選句の心がけが平易な言葉でつづられている。
稲畑さんは、俳句界の巨人・高浜虚子の孫。「ホトトギス」は1897年に正岡子規の友人の柳原極堂が創刊し、翌年に虚子が主宰となった。稲畑さんは虚子のもとで、8歳くらいから「門前の小僧みたいに」俳句に親しんできた。
代表句に「今日何も彼もなにもかも春らしく」「空といふ自由鶴舞ひやまざるは」などがある。「俳句は生涯の伴侶」と言う。
俳句の世界では、季語がない無季の俳句や五七五にこだわらない自由律俳句も盛んに作られているが、虚子以来の「有季定型」「花鳥諷詠(ふうえい)」というホトトギスの伝統を守ってきた。
20代のころ、虚子に「季題」を大切にするようにと教わった。季節を表す言葉だが、「季語」とは違うという。「名句で使われたという裏付けがあり、歌人や俳人が磨き上げてきた選ばれた言葉。俳句を学ぶならば、季題に感動を語らせることを常に考えてほしい」
本には、俳句を作る際の助言を載せた。「上手に作ろうとしない」「頭の中で作り上げない」など10カ条。多くの人に俳句を作ってほしいからだ。「俳句を作ることによって、孤独でなくなるの。つらいときに救われるのが俳句。生きていく力になるんですよ」
精力的な作句の一方で、選者としては月間3万句に目を通す。善意をもって選句することを心がける。いろいろな人の言葉に接することが、自分の栄養にもなっていると思う。
同様に大切にしているのが俳句会。「戦場に赴く心」と言った虚子に対し、稲畑さんは「そんな気持ちと共に、興奮と喜び、楽しみも感じている」と話す。
虚子は永遠の目標。「私はまだまだ」と、今も修練の日々だ。「88歳なりの感動する心を持っています。だから、俳句はいくらでもできます」
本は、こんな句で締めくくられる。
生涯の一と日一と日の露涼し 汀子
(西秀治)=朝日新聞2019年10月30日掲載