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「〈内戦〉の世界史」 複雑な思想的格闘の軌跡を追う 朝日新聞書評から

評者: 西崎文子 / 朝⽇新聞掲載:2020年02月15日
〈内戦〉の世界史 著者:デイヴィッド・アーミテイジ 出版社:岩波書店 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784000241816
発売⽇: 2019/12/21
サイズ: 20cm/251,93p

〈内戦〉の世界史 [著]デイヴィッド・アーミテイジ

 内戦とは何か? 錯綜するその思想的系譜を追った本書は、重厚かつ読みやすい。それは、時代や事例を大胆に取捨し描き切る筆致にもよるが、何よりもその叙述が、今日の内戦に対する鋭い問題意識に支えられているからだろう。
 とはいえ政治思想史、話は古典古代に遡る。ギリシャでは同族間の内紛はスタシスと呼ばれ、外敵との戦いと区別されていた。しかし、支配権をめぐり共同体を割る戦いがはじまるのは、スッラやカエサルのローマ進軍からである。内戦(ベッルムキウィレ)という言葉を後世に残したのはキケロ。抗争は繰り返され、帝国僻地に拡大し、タキトゥスやルカヌスらによる数多の歴史叙述が生まれた。内戦の残虐さや循環が語られ、ローマは内戦に呪われたと言われるようになる。
 17世紀、内戦の時代のイングランドでは、混乱の中から新たな政治哲学が誕生した。内戦と無政府状態との回避こそが統治の目的だと考えるホッブズは、主権の不可分性を主張することで内戦を阻止しようとした。他方、ロックは、支配者による不法な権力行使に抵抗して人民が引き起こす抗争は、内戦ではなく正当な権力回復のための手段だと見た。そして、起こったアメリカとフランスでの革命。新時代を切り開く革命は、内戦の循環を断つとの期待も高まった。
 しかし、これらの革命が、帝国からの離脱や統治権奪取を求めた点で、内戦だったことも否定できない。また、ナポレオン戦争からも窺えるように、革命、あるいは内戦は、国際戦争をも伴っていた。反乱、分離、内戦といった言葉の定義や、外国の干渉の正当性をめぐり、ヴァッテルやJ・S・ミルらが思想的格闘を繰り広げる。その中で浮き彫りになるのは、内戦という呼称の論争性だ。一方が反乱戦争と呼び、他方が独立のための戦争と主張する中で、アメリカ南北戦争が正式に内戦と呼ばれるまでには40年が必要だった。
 そして今日。際立つのは「グローバルな内戦」だが、その意味するところは一様ではない。国家横断的テロリズムとのグローバルな対決もあれば、内戦が国際的介入を受けてグローバル化する場合もある。複雑さは増すばかりだ。
 「すべて人間間のあらゆる戦争は、皆同胞間の戦いではないか」。作中人物にこう語らせたのはユゴーである。問題は、この普遍的人間愛が、グローバルな戦争を身近に感じさせることによって「グローバルな内戦」を生み出しかねないという逆説である。さらに、戦争や紛争を法の統治下に置き、文明化する試みが、文明の及ばない「野蛮」への暴力を野放しにしたことも忘れてはならない。内戦と向き合うために、歴史的省察がいかに大切かを教えられる。
    ◇
 David Armitage 1965年生まれ。米ハーバード大歴史学部教授(思想史、国際関係史)。著書に『思想のグローバル・ヒストリー』『独立宣言の世界史』『帝国の誕生 ブリテン帝国のイデオロギー的起源』など。