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「感染症と人類」本でひもとく いがみ合うか、励まし合うか 佐倉統・東京大学教授

新型コロナウイルスの感染は世界で拡大。閉鎖されたインドネシア独立記念塔で消毒作業=3月15日、ジャカルタ

 新型コロナウイルス感染拡大の影響でカミュの『ペスト』が売れていると聞き、福島第一原発事故のことを思い出した。事故から二年ほど経った時、放射線防護を住民主体で進めているグループの集まりで話をすることになり、この本の一節を引用したのだ。放射能汚染という目に見えない不条理に直面し、生活の基盤を破壊された地域の方々の心情には、この本で描かれているところと共通するものがあると感じていたからだ。

社会の機能喪失

 ペストも放射線も、そこで暮らす人たちの生活に割り込んできて、日常を引き裂く暴力的な存在だ。自分たちの力ではどうにもならない閉塞(へいそく)的な状況におかれたとき、人々は絶望に囚(とら)われたり、教条主義的な発言を繰り返したりする。一方で、力を合わせて困難と対峙(たいじ)する人もいる。カミュは、それぞれの人間の根っこの部分にある何ものかが漏れ出す風景を、引き締まった文体で彫刻し続けた。

 朱戸(あかと)アオ『リウーを待ちながら』(講談社・1巻693円、2、3巻品切れ)を併せて読みたい。同じペスト・パンデミックを題材にしつつ、舞台を二一世紀の日本に移して、今日的な社会問題に迫ったマンガだ。

 小松左京の名作SF『復活の日』も注目されているという。米ソ冷戦下で極秘裏に開発された超強力な細菌兵器がアクシデントで拡散してしまい、世界中のほとんどの人々が死に絶えるというすさまじいストーリー。

 数カ月前は満員だった電車が空(す)いている。病院は患者であふれ、医師たちも倒れていく。社会が次々と機能を失っていく場面の描写は、まさに今、世界で起きていることを実況しているような生々しさがある。

 「みろよ、たかがインフルエンザで、全アメリカの機能が麻痺(まひ)状態におちいりつつあるんだぜ」――アメリカの軍人のつぶやきだが、五〇年以上前に書かれたものとは思えない。

差別と迫害暴走

 小松左京の未来を見通す千里眼は、東日本大震災時に『日本沈没』(小学館文庫・上下各628円)でも注目された。二度あることは三度ある。次に予測があたるのは、東京が機能を喪失する『首都消失』(ハルキ文庫・上817円、下859円)か。

 予言を的中させているのはSF作家だけではない。雄大なスケールで世界の歴史を一筆書きしたカナダ出身の歴史家ウィリアム・マクニールは、『疫病と世界史』で人と感染症の関係の歴史を総覧し、その結論として、人類はどれだけ医療が発達しようとも感染症にきわめて脆弱(ぜいじゃく)な存在であり、交通が高度に発達した現代社会は、とくにその危険性が高まっていると指摘している。天然痘のような輝かしい制圧例はむしろ例外で、人は決して疫病に打ち勝つことはできないと考えた方が良さそうだ。

 実際、このような見方は、感染症の専門家もしばしば述べている。山本太郎『感染症と文明』(岩波新書・792円)は、人類は感染症の制圧ではなく、それとの共生をこそ模索すべきだと説く。

 新型コロナもいつかは下火になるだろうが、その後もさまざまな感染症が出現し、ぼくたちを脅かし続けるのだろう。

 そしていつの時代でも、疫病という見えない脅威を前にすると人々の心は荒(すさ)み、いがみ合い、差別と迫害を暴走させる。今回も、程度は軽いが、中世の黒死病(ペスト)流行の時と基本的には似た光景が繰り返されている。

 だが一方で、『ペスト』の主人公と友人らのように、真摯(しんし)で高潔な振る舞いを見せる一群の人々も、感染症大流行のたびに必ず繰り返し現れている。

 お互いに助け合い、励まし合う、それもまた人のさがなのだと思う。未来は暗いばかりではない。=朝日新聞2020年4月4日掲載