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【谷原店長のオススメ】すべての料理の基本を「図形」で論理的に解明 玉村豊男『料理の四面体』

 おうちで過ごす時間が急激に増えた今年の夏休み。日々の料理の献立を考えるのがたいへん、という人も多いのでは。僕もまったく同じです。「子どもたちに何をつくろうか」「昨日は魚だったから今日は肉かな」「揚げ物が続いたから焼き物にしようか…」。悩みは尽きません。そんな日々を楽しくしてくれるかも知れない一冊がこちら。エッセイスト・玉村豊男さんの『料理の四面体』(中公文庫)。料理とはまさに「理(ことわり)を料(はか)る」、とでも言いたげな、きわめて左脳的で、理論的な「料理の解体新書」みたいな本です。

 80年代に出版され、今もなお読まれ続ける名著。玉村さんが世界の料理を食べ歩きながら、つくり方の真髄を研究していきます。英国式ローストビーフとアジの干物の共通点、アルジェリア式羊肉シチューからフランス料理を経て、豚肉のショウガ焼きに通じる調理法の秘密。そして「火・水・空気・油」の4要素から、料理の基本のすべてを解き明かしていきます。まるで「料理」という集合体の森を、外側から俯瞰し、一本一本の木を分類していく感じ。この考え方に基づいてキッチンに立てば、何でもつくれるようになる気がします。

 僕自身、小学校に上がった頃から、料理に親しんできました。たしか、最初につくったのは、働きに出ていた母の代わりに、弟のために「おじや」をつくってあげたこと。具は、冷蔵庫にあったものを適当に入れたかな。弟は「おいしい、おいしい」って喜んでくれました。一人暮らしを始めた当初は、外食ばかり。28歳ぐらいの頃、蜷川幸雄さんの舞台「あわれ彼女は娼婦」の時に、身体を絞る必要があり、カロリーコントロールのために自炊を再開しました。サラダをたくさんつくったり、しらたきを麺に見立ててアレンジしたり。あくまで感覚的に、「ひらめき」でつくっていました。

 ところが、この本はどこまでも論理的。たとえば豆腐一丁でも、「火・水・空気・油」の四面体の理論上のどこに位置するかによって、焼き豆腐、湯豆腐、油揚げ、豆腐の薫製……といったように変幻自在に化けていく。それだけで数十種類の豆腐料理ができてしまいます。こういう考え方ってなかなかできないと思うのです。塩味、酸味、旨味のバランスだけでなく、さらに突き詰めて考えて、素材をどう扱うのか。僕たちがなかなか言語化できないことを、玉村さんは体系立てて書かれています。とっても面白いし、料理の根底から見つめ直すきっかけになるはずです。……ただ、時折「理屈っぽいなあ」と思ってしまう点はありますが。

 一点だけ、異議を唱えたくなる部分も。玉村さんは刺身について「現代日本の最高峰を行く料理人が芸術的につくりあげた一品でも、それが刺身などの、火の通っていないものである以上は、西洋流にいえば“料理以前”の段階にとどまったプリミティブなものであるということになるわけだ」と記しています。僕は、「そうかなあ」と首をかしげてしまいました。

 海外で刺身を食べると、美味しくないことが多いです。素材の扱い方の理解が深まっていないのかなと思ってしまいます。血抜き、熟成のさせかた、塩の振りかた、線維に対しての包丁の入れかた。素材・魚介類を活かす英知が日本の板前さんたちには凝縮されています。海外の調理人たちの多くが、その技術に驚いているはず。全然、プリミティブではない。一つの洗練の極みです。もっとも、だいぶ前に記された本なので、いまの玉村さんのご見解は変わっていらっしゃるかも知れませんが。生意気を言って失礼しました。

 料理は、シェフだけのものではありません。自然が育み、漁業・農業に従事する人、仲買人、それぞれの類まれな目利きたちがバトンを繋いできた結晶がテーブルに並びます。誰一人として欠くことのできない存在。そんなプロ達のおかげで僕らは美味しいお刺身を食べられていることを感じます。この本のように、今度は「調味料」の四面体があったら読んでみたいですね。スパイス、塩、油、砂糖。さまざまなソース、醤油があって、辛み、旨味、それぞれのベクトルを体系立てて読んでみたい。「サラダのドレッシング、何にしよう」と思った時に、感覚的に、パッとつくるのではなく、それぞれ「酸味なら穀物酢、ワインビネガー。それだって赤と白があるし、スダチもレモンもライムもあるし……」というように、酸味、塩味、旨味の組み合わせかたの整理整頓を頭の中でしてくれる本が読んでみたい。

 料理の基本に立ち返りたい時には、料理研究家・脇雅世さんの「料理をおいしくする切り方のひみつ」もぜひ一読を。素材の切り方ひとつで味覚が変わり、調理の上で気の遣いかたが分かります。そして、日本を代表するフレンチ料理人・谷昇さんの「おいしい理由。フレンチのきほん、完全レシピ」も手に取ってみて下さい。もも肉一つでも、前足と後ろ足とで火の入れかたが違います。鶏肉のソテーやローストビーフをフライパンで美味しく焼くには。絶品のポタージュ、サラダのつくりかたなど、おうちでできる基本が網羅されています。(構成・加賀直樹)