「武漢日記」書評 苦労人が描いた助け合いの日常
ISBN: 9784309208008
発売⽇: 2020/09/09
サイズ: 20cm/317p
武漢日記 封鎖下六〇日の魂の記録 [著]方方
一月二三日、武漢は封鎖される。「人から人への感染がない」という虚偽の情報と、政府の初動ミス・隠蔽(いんぺい)工作の中で、死ななくてもよかった市民が死んでいく。家族全滅、孤児の増加。新型コロナウイルスとの闘いの最前線にいた看護師や医者も犠牲になる。人々の悲しみと怒りを受け止め、代弁した作家のブログが満を持して邦訳された。
文明度を測る基準は、高いビルや強力な軍隊ではなく、国の弱者に対する態度である、という一節は、私もネット上の訳を不用意に引用したことがあるが、本書の正確な訳と前後の文脈でより理解が深まった。
上層部の歓心を買うような発言をする作家には「媚(こ)びへつらうにしても、節度をわきまえてほしい」と辛辣(しんらつ)に応答したり、湖北省や武漢市の幹部が誰も責任を取らないことに対し「私には死者たちの無念を晴らす責任と義務がある」と力強く言い放ったりして爽快。こんな率直さが様々な論争を惹起(じゃっき)したことは訳者あとがきに記してある。ネット検閲による繰り返しの削除にへこたれない著者の胆力も驚嘆に値する。
ただ、私が惹(ひ)かれたのはむしろ、著者を含む住民たちの心の動き、情報と思いの交換、そして暮らしぶりなどの日常描写だった。
たとえば、住民はチャットアプリを通じて、団地で野菜や豚肉の共同購入を始めたり、料理や食材を届けたりして助け合う。階下に下りられない病人をみつけ駆け寄って下ろしたがその場で死亡し泣いた警官、あまり汚れていない路上を毎日清掃して住民たちの心を落ち着かせた街の清掃員たちも印象的だ。
東洋医学の医者が、感染予防を全くしないまま病人を救ったが当局から睨(にら)まれたという話や、東洋医学と西洋医学が両方用いられている日常も興味深い。
文革後肉体労働も経験した苦労人。基本は曲がったことが許せない、情の厚い人だから、文章が嫌みにならず、心地よく響く。
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Fang Fang 1955年生まれ。現代中国を代表する女性作家の一人。「琴断口」が中国で権威ある魯迅文学賞受賞。