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荻野アンナさん「老婦人マリアンヌ鈴木の部屋」インタビュー 「精神の確固たる快活さ」を目指して

荻野アンナさん=横関一浩撮影

 若い頃は、還暦を迎えれば落ち着くと思っていた。実際には欲は枯れず、揺れ動き、「中年と老年のはざまで座り心地の悪い椅子に身を預けているよう」だという。「老いを迎え撃つ快活な心構えを持ちたい」。そんな思いで書いた物語が本書だ。長年研究してきたフランスの作家ラブレーの「たまたま起こるような事柄には惑わされない精神の確固たる快活さ」を目指している。

 振り返れば、子どもを望みながら授からなかった30代を経て、40代でパートナーが食道がんに。1年余りの看病の末に旅立った。直後に父の介護が本格化し、2010年の死後、自身は大腸がんを患う。手術の時は介護していた母も一緒に入院。その母は15年に見送った。うつ病とのつきあいは25年になる。平坦(へいたん)ではない日々も「いかに自分を上機嫌に保つかが大事」と、書くことや趣味の落語で乗り越えてきた。

 この物語でも、ベッドに横たわりながら気丈な90歳のマリアンヌ鈴木を中心に、仕事と母の板挟みで悩む60歳手前の娘エリ、50代の介護ヘルパーのモエ、介護実業家のトチ中野ら女性たちが活発に動く。登場する男性陣が頼りないのは「ダメンズ歴40年のなせる業」とほほ笑んだ。

 モエが宝石にはまる描写は実体験だ。「母の介護を終えた心のすきまに石が入ってきまして」。右手を飾るのは、「半額」と言われて購入したオパールの指輪。ヤフオクで失敗して痛い目に遭っても懲りずに続けている。晩年の両親に酒やたばこを許したのと同様、「上機嫌の元」になるとわかっているからだ。

 大学の研究室には「起こったことはみんないい事」という標語を貼っている。天災は別だが、すべては受け取り方次第。「こう言い聞かせて切り替えると、苦しい状況もまた違った形で見えてきます」(文・佐々波幸子 写真・横関一浩)=朝日新聞2021年4月3日掲載