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「転向者・小川未明」書評 思潮を素朴に受容する感性の人

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2021年05月29日
転向者・小川未明 「日本児童文学の父」の影 著者:増井 真琴 出版社:北海道大学出版会 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784832968646
発売⽇: 2021/03/10
サイズ: 22cm/447,30p

「転向者・小川未明」 [著]増井真琴

 小川未明研究のキーワードの一つが「大正童話中心主義」という。一般的に未明は、大正期の童話作品にのみ光が当たっている。それを打破したいと著者は力説する。特に社会主義者から聖戦賛美の国家主義者、そして戦後は民主主義者へと再転向したこの作家を正確に歴史的に位置づけたいというのが著者の狙いである。「凡庸な転向者に過ぎなかった」などの激しい表現に出合うと、童話作家のイメージが崩れていく。
 実は未明研究にはいくつかの死角があり、それが研究範囲を狭めているというのだが、もともとは漢詩を愛する文学少年、やがて口語自由詩を紡ぐ詩人として明治年間を生きた。早稲田を出て童話を中心に作家活動を続け、思想的には社会主義思想やアナキズム運動に関心を持つ。大杉栄とは虐殺されるまで、交流を深めていた。このころのアナキストらの動きを調べていると未明の名はかなり出てくるが、思想活動に本腰を入れていたのであろう。
 革命を遂げたロシアを「正義の国」と称賛している。童話を中心とした作品には、変化する人類史をそのまま受け入れる素朴さがあったともいえる。未明という作家はまさに感性の人であり、思想を強固に持つタイプではなかったように思う。昭和になると一転して国家主義者へ変貌(へんぼう)する。いわゆる転向である。
 1937年に書いた「僕も戦争に行くんだ」では、一少年が愛国の情を深め、このタイトルの感情に達する。著者は「通俗的プロレタリア文学の反動的反転」という表現で批判する。戦後は再転向して民主主義謳歌(おうか)に転じ、児童文学者協会の会長にもなり、戦時の日本社会を強く批判する。
 未明はなぜ反省しなかったか。著者なりの答え、つまり自己と向き合わない作家、との結論は理解できる。同時に、なし崩し的な転向へのある世代のいら立ちも感じられる。表現者の生きる姿勢を問うことに時効はないということか。
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ますい・まこと 1987年生まれ。上海外国語大講師。博士(文学)。専門は日本近代文学、日本児童文学。