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藤巻亮太の旅是好日 「わかる」ということ

文・写真:藤巻亮太

 全国で一斉に高齢者の新型コロナワクチン接種が開始された、今年の春先のことである。私の親もその対象者となっていたことから、電話で予約は取れたかと尋ねたところ、Webでの申し込みのやり方がわからないので代わりに弟が予約をとってくれた、ということだった。その後、弟とも話す機会があり聞いてみたところ「あれは親の世代は難しいわ(笑)」という返事だった。やはり日頃からインターネットやパソコン、スマホなどに慣れ親しんでいない高齢者にとっては難しかったのであろうが、何が難しかったのかを考えているうちに思い出し、読み直した本がある。山鳥重『「わかる」とはどういうことか』である。

 山鳥氏は神経内科が専門で、中でも不幸にも脳梗塞などで脳を損傷してしまい、認知障害を負ってしまった方々の治療やリハビリを専門とする「高次脳機能障害学」という分野を研究されてきた方だ。普段わかっていたことが急にわからなくなってしまう患者さんを前に、「わかる」とはどういうことなのかを日々考え、その経験をもとに専門用語を使わずに解説した本であり、私も大変興味深く読んだ。

 本書によると、人は「心象」という心理的イメージを心の中に思い浮かべて(りんご、挨拶、虹、時間・・・・・・など)、それを一つひとつ積み上げながら思考している。心象に浮かばないものについては、心は取り扱えない。したがって、人は絶えず周囲にあるものを知覚して新たな心象を作り出す能力と、新たな心象を記憶として心の中に留めておく能力の二つを兼ね備えている。そうやって知覚した対象と記憶とを照らし合わせて「意味」を理解し、逆に記憶にない新たな知覚を学習することで、新たな記憶の心象が生まれる。この知覚心象と記憶心象の補完関係によって「わかる」の土台ができるというわけだ。そして、「わかる」ためにはその対象を指す記号が必要であり、それが「言葉」である。しかし言葉は記号にしか過ぎず、言葉と意味が一致して初めて心象として機能する。

 このことについて改めて考えると、「言葉」とその「意味」が一致しなくなることは近年益々増えていないだろうか。つまりIT革命やデジタル技術の進歩であっという間に時代が扱う情報が増え、それに伴って我々が今までになかった概念を自分の心象に取り込まなくてはならなくなったのだ。それらによって生活は大いに便利になり、扱える情報の量もスピードも格段に上がっているのだが、「デジタルネイティブ」と呼ばれる、生まれた頃からネット環境があり、なんの違和感もなくデジタル機器を扱える世代と自分の親の世代では、その知識は雲泥の差であろう。

 老若男女、誰でもスマホのおかげで随分と日々の暮らしは便利になっている。60年前にアメリカがアポロ計画で月に宇宙船を飛ばした頃のPCと比べると、今のiPhoneの方が速度で2500倍、メモリで100万倍、ストレージで800万倍も優れているらしい。そんなデジタル機器やネットワークの強みを活かせばワクチンの予約などとても簡単なのであろうが、肝心なのは取り扱う我々一人ひとりが新しい概念の意味と言葉を一致させていなければならない、という大前提だ。

 「わかる」ことの難しさを実感する一方で、本書にはどんな手続きもプロセスも因果関係も無視して、直感的に「突然わかる」ということが人にはある、とも書かれている。ここに人間の不思議さと神秘性があり、だからこそ今までになかったような概念がこの世に数々誕生してきたように思う。スティーブ・ジョブスはiPhoneを発明したことによって、この世界の在り方を一変させた。今回のコラムをiPadで書きながら、時代を変えてしまうような偉人たちにもまた、想いを馳せてみる。