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瀧羽麻子さん「もどかしいほど静かなオルゴール店」インタビュー 謎の店主が贈る、心の中の音楽=人生の大切な瞬間

瀧羽麻子さん=篠塚ようこ撮影

ちょっと不思議な話を書きたくて

――そもそも最初にこの作品が生まれた経緯は?

 雑誌で連載が始まった2015年当時、他社で仕事がテーマのリアルなお話を書いていたので、違う路線がいいなと。私はデビュー作が「うさぎパン」という不思議な話でもあり、もともとファンタジーというのか、ちょっと不思議な要素の入ったお話も書きたいと思っていたんです。それで、人の心に流れる音楽が聞こえる店主、という設定を考えました。

――1作目『ありえないほどうるさいオルゴール店』も2作目『もどかしいほど静かなオルゴール店』も、7編のショートストーリーからなる連作形式です。

 店主が謎めいた人物なので、彼の視点で書くより、お客さんそれぞれに見えた景色を書く方が、不思議な感じをほどよく残せて面白いかなと思いました。

――老若男女、様々な悩みを抱えたお客さんが、店主が作ったオルゴールで心の音を聞かされて、見失いかけていた大事なものにはっと気づくというストーリーに、ほろりとさせられます。

 音楽が好きな人も、別に興味がない人でも、心に何かしら引っかかっている音楽はあるんじゃないかと思います。好きな曲だったり、思い出と密接に関わり合っている音楽だったり。ミュージシャンや音楽家も出てきますけど、特に音楽に専門性を持たない人でも、音楽というきっかけによって、自分の人生の大事な一瞬を思い出すということはあるかなと思って、いろんな人を登場させてみました。

――ご自身が色濃く投影された登場人物はいますか?

 いないですね……私は、あまり自分に近い人って書きづらいんです。あと、視点人物が変わる形式の連作を書くときはいつも、なるべく年齢も立場も仕事も重ならないように注意しています。その方が、読んでいる方も飽きにくいかなと思って。今回も、年齢、性別、お店の近くに暮らしている人もいれば旅行で来た人もいる、というふうに、書き始める前にあらかじめ属性のばらつきを細かく考えています。

店主のイメージは「アメリ」?

――1作目の舞台は北海道の小樽ですが、最初から念頭にあったんですか?

 いえ、オルゴールの話にしようと決まって、場所をどこにしようかと考えたときに、担当編集の方が探してくださいました。小樽にはオルゴール屋さんが何軒もあるんです。作中で地名は特定していないんですけれども、北の町というのも、オルゴールの雰囲気になんとなく合う気がしました。

――1作目の「バイエル」には教会の場面が描かれていますが、ご出身が兵庫県芦屋市なので、あの周辺の雰囲気を匂わせているのかと思いました。

 小樽の異国情緒というか、港町で教会もあってという街並みは、神戸とも割と近いかもしれませんね。現地を取材して、教会とか、運河の流れとか、鉄道の廃線跡といった風景も、作品に取り入れることができました。実在する景色そのままというわけではないですが、街の雰囲気は出ているんじゃないかと思います。

――1作目の第6章で謎のオルゴール店主の「人となり」が少し明かされますが、どういう人をイメージして書いたんですか?

 具体的なモデルはいないんですが、当時の担当編集者の方と相談していたときに、たまたま「アメリ」というフランス映画の話になりました。主人公のアメリはどこか不思議な雰囲気を漂わせながら、人にちょっとした幸せを与えていく、シャイで対人恐怖症ぎみの女の子なんですが、その男の子バージョンのイメージはどうだろう、と。周りを人知れず幸せにしていく、「アメリくん」。ちょっと人間離れしているというか、妙な力を持っているいたずらな妖精という感じで……そう考えると、むしろ人間ではないのかもしれない(笑)。

――そして2作目で、店主はいきなり引っ越してしまいますね。

 「さすらいのオルゴール屋さん」という設定だったので、最後はどこかへ行かせたいなと思って。その時点ではまだ続編も決まっていなかったですし、実はあまり深く考えずに、遠くへ旅立ってもらいました。でも、引っ越した先でもちゃんと頑張ってくれていて、何よりでした(笑)。

――行った先が今度は南の島。

 どちらかと言えば思いつきで、今は北にいるから次は南かなと思って決めたんです。でも書き始めてみたら、南の島って音楽とかなり親和性が高くて。日常的に歌ったり踊ったりという南国の雰囲気が出せて、結果的にうまくまとまりました。

――2作目は具体的にどの辺をイメージしているんですか?

 沖縄の八重山諸島の、石垣島よりさらに南の離島ですね。人口が数百人規模の、島の人はみんな知り合いみたいなところ。ただ、特定の一つの島ではないです。あの辺に浮かんでいるどこかの島というイメージです。

――小樽も八重山の島も、特定の地名を浮かび上がらせないような書き方をしていますね。登場人物も方言を使わないし、具体的な音楽の曲名も出てきません。

 ファンタジーですし、固有名詞で限定してしまわない方が、読みながら想像しやすいかなと思って。どこかにありそうな北の町や南の島ということで、あとはご想像にお任せします。音楽も、人それぞれ、自由にイメージしていただければ。

島の神々しさが背景に

――2作目は、島に伝わる求愛の歌「カナンタ」や島神様の歌など、音楽に根ざした民俗行事や神秘性が強く出ています。

 連載を始める前の2019年夏に、石垣島と波照間島、竹富島に行きました。あのあたりは、土地自体がファンタジックというか、森も海も神々しい。神様といっても、宗教とはまたちょっと違って、自然の中に大いなる存在を感じるような。そういう大自然を活かして書きたいなと思いました。独特の文化、たとえばお祭りにしても、歌や踊りがつきもので、音楽とリンクさせやすかったです。

――2作目の登場人物、1作目と比べてみんなキャラが濃いですよね。作品としても1作目より連作同士のつながりが強く感じられます。

 島を舞台にしたことで、1作目より登場人物同士の距離が近くなりましたね。ある章に登場した人が、角度を変えて別の章にも出てくる。ババ様とか郵便屋さんとか、島民がみんな知り合いという設定にしたことで、自然に関わりが深くなっていったのが、2作目を書いていて面白かったところです。こぢんまりした緊密なコミュニティーの中で、脇役たちも丁寧に書きやすくなりました。

――そして最後は、1作目の登場人物も連れてこられました。

 誰を出そうかとずっと考えていました。1作目と2作目、どっちから読んでもいいかたちにした上で、何らかのリンクがあると楽しいかなと思いました。

――2作目のクライマックスは、島神様の音楽を歌う「ババ様」千代とオルゴール店主、2人の超能力者の対決でしたね(笑)。

 1作目は、第6章で店主の正体がちょっとわかる種明かしが入って、最後の第7章は少し落ち着いたエンディングにしました。今回も、第6章を全体のしめくくりとして盛り上げて、第7章はいわばボーナストラック的な位置づけで、1作目とつなげたいなと思っていました。第6章が実質的なフィナーレともいえます。

――女性の生き方というものを考えさせられる、連作の中でも異色の作品でした。

 男の子を産めなかったことで離縁を言い渡されたおばあさんが、島を訪ねてきた観光客の父娘と出会います。この若いお父さんは、いかにも頼りなくて、実は妻に追い出されそうになっている。ふたりの対比が面白いかなと思って、こういう設定にしました。昔と今で男女の力関係も大きく変わって、全く違う家族観が生まれつつある気がするので。

才能ある人ゆえの苦悩

――そして店主は未だ謎の人物のままです。

 2作目には、店主とババ様という、謎めいたキャラクタ-が2人出てきます。どちらかを視点人物にするか迷って、結局、店主ではなくババ様の語りにしました。

 店主は店主で、自分の心の中の音楽が自分でわからないという屈託もある。才能を持っている人の苦悩って、ありますよね。普通の人ではないがゆえに、幸せな時もあるし、苦しい時もある。ただ、能力を持っている限りは粛々とやる、というのがババ様の生き方であり、彼への励ましにもなっているんじゃないかと思います。そういう運命だからしょうがない。授かった力を人のために役立てるのが彼の使命なんでしょうね。

――2作目でいったん感動のフィナーレを迎えた形になりましたが、オルゴール店主はまだこれからも転々とするんでしょうか?

 おそらく。いつか書けるといいですが。店主の経歴なんかも、わからずじまいですし。

――北の町の喫茶店から南の島まで、店主を追いかけて行った彼女の恋は?

 ほとんど進展がないまま2作目が終わってしまいましたね……よく考えたら、ほかにもまだ解決していない問題がいくつもあります。

――北から南へ行ったので、今度は真ん中に戻って出身地の阪神間なんてどうですか?

 また違った雰囲気で、いいかもしれないですね。都会の裏路地とかなら、客層も変えられますね。ただ、2作目でちょっと燃え尽きたので、体力を回復してまた考えます。

作者にも解けない入試問題

――ところで、オルゴール店の話が最近、入試によく出ると聞きました。

 中学入試や高校入試が多いです。模試や問題集とか、塾の公開テストとかにも使われているみたいで、入試と模試は事後になりますけど、よく許諾の申請が送られてきます。このシリーズだと、1作目の「バイエル」が人気ですね。問題を解く小学生や中学生にとって、子どもの悩みを描いた話は身近でしょうし、出題しやすいのかなと思います。

――どんな問題が出るんですか?

 「このときの主人公の気持ちを40字以内で書け」とか。難しいですよ! 選択肢も、ひっかかりやすいように上手に作ってあって、私も解けなかったりします。あと、私は擬態語や擬音語を多用しがちで(笑)、キラキラ、もりもり、みたいな言葉が穴埋め問題になっていますね。

――やっぱり作者にも解けないものですか?

 難しいですね。「40字以内で主人公の気持ちを考え」ながら書いていないですし。「どういう気持ちですか」と言われても、本当のところは登場人物本人にしかわからないんじゃないでしょうか。でも、問題集や模試だと模範解答がついているものもあって、主人公の気持ちの流れがとてもきれいに整理して解説されているので、「なるほどな」と勉強になります。

【好書好日の記事から】

作家の読書道 第199回:瀧羽麻子さん