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「アメリカの挫折」 介入失敗の教訓 今も生かされず 朝日新聞書評から

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2021年10月16日
アメリカの挫折 「ベトナム戦争」前史としてのラオス紛争 著者:寺地 功次 出版社:めこん ジャンル:外交・国際関係

ISBN: 9784839603274
発売⽇: 2021/07/28
サイズ: 22cm/524p 図版6枚

「アメリカの挫折」 [著]寺地功次

 書名をひとめ見て、先ごろ大々的に報じられたアフガニスタンからの米軍撤退の凄絶(せいぜつ)な光景を思い出した読者は少なくないだろう。
 本書は現今の情勢とは直接無関係ながら、しかし歴史的には大いに縁のある出来事を論じたアメリカ外交史・国際関係史の重厚な研究書である。
 アフガン戦争は「アメリカ史上最長の戦争」と通称されるが、この異名は長らくベトナム戦争につきものだった。本書はそのベトナムにおける「挫折」の源流をたどって、今日までつづく米国外交の基本的な態度と思考に重大な疑問を投げかけるのである。
 1960年代初頭、史上最年少で大統領選挙に勝利したケネディの政権が、発足後ただちに東南アジアにおける冷戦に臨んだことはよく知られている。その最初の場がラオスだった。
 かつてラオス、ベトナム、カンボジア3国からなるインドシナ植民地に君臨したフランスは、第2次世界大戦後にベトナムで起こった独立戦争(第1次インドシナ戦争)に敗北。ラオスはカンボジアとともにかろうじて王政を保ったが、東南アジア地域の共産化を危惧する米国は関与を深め、50年代後半の対ラオス経済・軍事援助はタイ、インドネシア、日本、韓国などを上回ったという。
 通説によれば、これを引き継いだケネディ政権が細心に対処し、内部対立の激しいラオス情勢を「中立化」政策で安定させたとされる。それゆえ、つづく対ベトナム政策が大規模な軍事介入とその失敗に終わったのは、なによりケネディ暗殺の悲劇に起因する不幸だといわれてきたのである。
 しかし著者は近年新たに公開された多数の米政府文書などを精査し、ラオスの「中立化」は既にケネディ生前の段階で当初想定された「勝利」から大きく逸脱し、事実上挫折していたことをつまびらかにする。それはベトナムにおける「挫折の先駆けとしてのラオス紛争」だったのであり、以後アメリカは対テロ戦争の時代になってもなお、「『介入・挫折・撤退』の教訓」から「ほとんど学んでいなかったように思われる」というのである。
 そういえばブッシュ政権によるイラク戦争の「戦後処理」に際しては、かつて太平洋戦争後に日本を統治した時の「成功体験」が米政府部内の認識を少なからず左右し、事情の異なる現地情勢を見誤らせているという批判を繰り返し耳にしたものだった。困難に直面した時ほど人も国も挫折や失敗に学ぶことを忌避し、成功の記憶に逃げる愚行を繰り返す。先日のニュース映像ばかりではない。私たちの社会にも、それは身に覚えのある話なのではあるまいか。
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てらち・こうじ 1958年生まれ。共立女子大教授(アメリカ政治外交論、国際関係論)。共著に『アメリカの政治』『アメリカのナショナリズムと市民像』『アメリカが語る民主主義』『世紀の区切り』など。