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編集工房ノア・涸沢純平さんをつくった『虹滅記』 歩くような文章に格調

 敬愛する足立巻一(けんいち)(1985年没、享年72)の名著である。

 足立さんは詩人でもあったが、やはり伝記作家である。だが歴史上の人物や他者を題材にしたわけではない。一貫して自分とその周辺を書いた不思議な作家である。本居宣長の子、盲目の言語学者・春庭を書いた『やちまた』は国学の学校の学窓から始まる。恩師を書いた『夕暮れに苺(いちご)を植えて』、少年時からの友達を書いた『親友記』、従軍の記録『戦死ヤアワレ』、新聞記者時代の『夕刊流星号』などなど。その到達点が、祖父・敬亭(けいてい)、父・菰川(こせん)さらに「一族の数奇な運命を辿(たど)」った本書である。

 足立は、13年、東京生まれ。父は秋山定輔(ていすけ)が創刊した「二六新報」の夕刊主筆だったが、巻一出生の3カ月後、35歳で急死。母は再婚。小学1年の時祖母も亡くなり、漢詩人で生活力のない祖父に連れられて「放浪」。祖父の郷里・長崎に帰るが、4カ月後、祖父が銭湯で巻一の目の前で亡くなる。

 二人の「生涯が肉親ということを離れても」「あわれに思われて」。「虹滅」とは、虹のように滅した息子に対する敬亭の嘆き。

 二人が書き残したものを詳細にたどる。関係者資料の末端まで当たる徹底した記述は見事である。しばしば長崎に親族をたずねる。さらにルーツは瀬戸内の大津島にあった。

 文章は歩くような自然体でありながら深い味わいがある。人柄の温かさも伝わってくる。三島由紀夫『金閣寺』とはまた別の格調があって、文章は身近にあるのだと思った。=朝日新聞2021年10月20日掲載