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「サワー・ハート」書評 人生なぞった小説だと思うなよ

評者: 温又柔 / 朝⽇新聞掲載:2021年10月23日
サワー・ハート 著者:ジェニー・ザン 出版社:河出書房新社 ジャンル:小説

ISBN: 9784309208374
発売⽇: 2021/08/26
サイズ: 20cm/341p

「サワー・ハート」 [著]ジェニー・ザン

 書くべきことがあるからといって、望みどおりの小説を書けるとは限らない。むしろ、書きたいという強い思いのせいで、かえって書けなくなることは多い。稀(まれ)に、難なく書けたとしても、完成した文章が魅惑的とは限らない。でも、魅惑的な文とは何だろう?
 ニューヨークで中国系移民として生きる少女たちに関するジェニー・ザンの連作短編小説を読むと、これだ、と思う。こういう文章こそ、魅惑的なのだ。
 あたしはここにいるよ、ここにいるんだからね、と叫んでいたり、叫ぶのをこらえている若いアジア系アメリカ人の女性たちが出てくるとはいっても、ザン自身のことが、ただ、そのまま書かれているわけではない。
 当然だろう。何の想像力も働かせずに、ちっぽけな自分をだらだらと拡張しただけでは、ろくな表現にはならないのだから。
 しかしこの当たり前の事実も、その作品の著者が「マイノリティ」とみなされる場合、突然に忘れられがちだ。
 だからこそザンは、「君はすごくラッキーだよ。ここにいる誰よりも楽に出版してもらえる」と言ってくる「白人の男のことばかり書く白人の男」や、「ちょっとだけ自伝ぽい作品」を自分も書いてみたいのでアドバイスして欲しいと言ってきた「すごく真面目な白人の女」たちのことを、「存在は無視するくせに、私たちのふりをする彼ら」と斬る。
 アメリカで白人ではない人間が、自身と同じ中国系の人の小説を書いているからといって「単に自分の人生とアイデンティティーをそのままなぞって物語にしている」と思うなよ、創作をなめんな、とばかりに。
 かのミランダ・ジュライに「心の準備をしてから読んで」と言わしめた、ヒリヒリと酸っぱい、わたしたち、ではなく、あくまでも、彼女たち、の、愛と痛み。
 覚悟してから、向き合って。
    ◇
Jenny Zhang 1983年、上海生まれ。詩人、作家。米ニューヨーク在住。本書が初の作品集。