1. HOME
  2. 書評
  3. 「パラダイス・ガーデンの喪失」書評 日常のパッチワークに潜む苦み

「パラダイス・ガーデンの喪失」書評 日常のパッチワークに潜む苦み

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2021年10月23日
パラダイス・ガーデンの喪失 著者:若竹七海 出版社:光文社 ジャンル:小説

ISBN: 9784334914196
発売⽇: 2021/08/25
サイズ: 19cm/372p

「パラダイス・ガーデンの喪失」 [著]若竹七海

 舞台は2020年、秋。個人庭園〈パラダイス・ガーデン〉で身元不明の老女の自殺死体が発見された。この死体は誰で、なぜこの場所で死んでいたのか――という謎を巡るミステリかと思いきや、次に登場するのはコロナ禍で宿坊の客が減った寺の話。続いて資産家の大叔母を持つ芸術家とその恋人の話。リモートワークで家にいる夫のモラハラに悩まされる妻の話。
 さらには悪事を画策する高校生、老舗のドライブイン、獲物を物色する泥棒、町に流れる老人ホーム新設のデマ、クラスターを出して人手不足の警察署……。語り口がユーモラスなためどの話もとても楽しく読めるが、いったいこの話はどこに向かうの? いやいやご心配なく。これが次第につながってくるから。
 本書の重要なモチーフにパッチワーク・キルトがあるが、まさにパッチワークのような物語だ。ひとつひとつは単純な話、よくある話でも、それがつながることで思いも寄らなかった全体像を浮かび上がらせる。単体ではコミカルだった話が、全体の中に置かれるとまったく印象が変わることもある。あの話はここにつながるのか、この会話にはそんな裏があったのかと、後半は驚きと快感の波状攻撃。そして読者は気づくのだ。社会とは、そこに暮らす人が否応(いやおう)なく影響し合って出来たパッチワークのようなものなのだと。
 そうして完成した一枚の絵には思わず戦慄(せんりつ)すること間違いなし。コロナ禍のドタバタも背景に取り入れ、幾重にもツイストを利かせた仕掛けが、日常の奥に潜む苦味を引き摺(ず)り出す。
 しかし苦い話でも、読後感は心地いい。それは物語のベースに人の逞(たくま)しさがあるからだ。とかくこの世はままならないが、何があっても人生は続いていく。だったら憂えて何になる。人って意外とタフだぞメゲないぞ――そんな思いが伝わってくるミステリだ。閉塞(へいそく)感極まる現代にお薦めの一冊である。
    ◇
わかたけ・ななみ 1963年生まれ。作家。2013年に「暗い越流」で日本推理作家協会賞(短編部門)。