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「貧困パンデミック」書評 時代を代表する行動人の強靱さ

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2021年10月23日
貧困パンデミック 寝ている『公助』を叩き起こす 著者:稲葉 剛 出版社:明石書店 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784750352398
発売⽇: 2021/07/26
サイズ: 19cm/222p

「貧困パンデミック」 [著]稲葉剛

 著者は、一般社団法人つくろい東京ファンドを率い、貧困者を支援してきた稲葉剛。この時代を代表する行動人の思想と実践の驚くべき強靱(きょうじん)さが、本書のどのページにもにじみ出ている。理路整然と筆を進めながら、突如、猫愛を吐露する語り口も魅力的である。
 稲葉は、コロナ禍で路上生活に追い詰められた人だけでなく、その人の支えである犬や猫にも寄り添う。仲間と力を合わせ、福祉事務所や厚生労働省に何度も異議を申し立て、住居を準備し、消えかかったたくさんの命を救ってきた。
 この国が問題なのは、人の生死に関わる事柄を個人の恥の問題にすり替えること。二〇一二年、自民党の片山さつき参院議員が「生活保護を受けることを恥と思わないことが問題」と発言し、生活保護バッシングがメディアを席巻。その勢いで「生活保護の給付水準一割カット」を政権公約で掲げた自民党が衆院選で大勝し、翌年1月に安倍政権が過去最大の生活保護基準の引き下げを決めた。そのつけが何倍にもなってコロナ禍の日本を襲っている。
 野宿者やネットカフェ生活者、自宅で暴力を受ける女性たちには「ステイホーム」の掛け声はひたすら空しい。東京都は、支援のためにビジネスホテルを借りたが、それを使いしぶり、民間で運営される狭隘(きょうあい)な相部屋に行かせたがる。ここは感染リスクが高く、プライバシーも守られない。
 それに加えて稲葉が憤慨するのは、生活保護の水際対策の非人間性である。たとえば福祉事務所は親族に扶養が可能か照会する。これが申請の妨げとなる。DV被害者や事情を抱えた人たちにとって、家族に知られ、連絡が届くのは苦痛なのだ。福祉事務所の職員にも過重なストレスがかかり、評判が悪い。
 なお、彼のパートナーである小林美穂子の支援活動日記が掲載された『コロナ禍の東京を駆ける』(岩波書店)もユーモアあふれる佳書。併せて読みたい。
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いなば・つよし 1969年生まれ。「つくろい東京ファンド」代表理事。著書に『閉ざされた扉をこじ開ける』など。