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「世界を変えた10人の女性科学者」書評 逆境をはねのけた才能と探究心

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2021年10月23日
世界を変えた10人の女性科学者 著者:キャサリン・ホイットロック、ロードリ・エバンス 出版社:化学同人 ジャンル:ノンフィクション 科学・テクノロジー

ISBN: 9784759820416
発売⽇: 2021/8/25
サイズ: 360p

「世界を変えた10人の女性科学者」 [著]キャサリン・ホイットロック、ロードリ・エバンス

 女性には男性と対等な権利を与えない。しかもそれが差別だとは認識されない時代が長く続いてきた。これは、倫理的な公平性の観点のみならず、功利的に考えたとしても、社会全体にとって大きな損失だ。
 本書では、科学の歴史に残る偉大な貢献をした10人の女性が紹介される。
 農薬の危険性を訴えた『沈黙の春』の著者レイチェル・カーソンと、放射性元素の研究でノーベル賞を2度受賞したマリー・キュリーはよく知られている。
 逆に、周期的に明るさが変化する変光星の研究によって天文学の基礎を確立したヘンリエッタ・リービットは、存命中ほとんど正当に評価されなかった。
 核分裂を発見したリーゼ・マイトナーと、空間反転に対して物理法則が必ずしも不変ではないことを実験的に証明した呉健雄(ウー・チェンシュー)の2人がノーベル賞を逃したことは、選考委員会の責任だとすら言ってよかろう。
 この10人に共通しているのは壮絶な体験の数々だ。高等教育を受ける機会の制限、経済的困窮、ユダヤ人への迫害や追放、実験室への立ち入り禁止、女性研究者に対する偏見や攻撃、不当な業績評価等々。女性蔑視・差別がむしろ当然とされた時代において、彼女らは並外れた才能と不屈の精神力・不断の努力によって科学に革命をもたらした。
 ユダヤ人のリータ・レーヴィ=モンタルチーニは、トリノ大学の研究職から追放されても、自宅の寝室の隠し部屋で実験を続けた。その後、フィレンツェへ逃れ偽名でカトリック教徒として怯(おび)えながら暮らした時期もあった。自宅での実験結果が認められ1946年にアメリカに招聘(しょうへい)された彼女は、86年にノーベル医学生理学賞を受賞した。
 逆境をものともせず、未知の領域に対する純粋で前向きな探究心を持ち続けた彼女らには畏敬(いけい)の念を禁じえない。決して科学だけにとどまらず、世界を変革する女性を受け入れられる社会こそが求められている。
    ◇
Catherine Whitloch ライター。免疫学で博士号▽Rhodri Evans 大学講師。天体物理学で博士号。