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SNS時代の文章指南 バズらせるための過酷な競争 文芸評論家・斎藤美奈子

このごろの文章指南本は、ネットの無数の文章の中から選ばれ、読んでもらえるためのコツを伝える

 地球上に人類が誕生してこの方、今日ほど人々が文章を書いて(打って)いる時代はないんじゃなかろうか。既存の文章指南書をあれこれ論じた『文章読本さん江』(ちくま文庫・968円)という本を上梓(じょうし)したのは2002年。それから約20年が経過して、文章をとりまく環境は一変した。一部の特権階級がメディアを独占していた時代から、誰もが自由に書き、自由に読める時代へ。インターネット、ことにSNSの普及は文章の民主化に貢献した。

 それでも(それゆえに?)文章の書き方を教える本はすたれなかった。藤吉豊、小川真理子『「文章術のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。』(日経BP・1650円)という本が売れているのがひとつの証拠。文章術にはいまでも(いまだからこそ?)ニーズがあるのだ。

瞬時に釘付け

 では今般の文章が何をめざしているかというと、ズバリ「バズる(話題になる)」ことである。「いいね!」の数やフォロワー数やアクセス数や、PV(ページビュー。ウェブサイトのページが開かれた回数)を増やすための文章術だ。

 尾藤克之『「バズる文章」のつくり方』は〈じっくり読ませようなんて愚の骨頂〉〈キーワードだけ拾い読みしても全体がわかる文章を書くことが大切です〉といいきっている。ポイントは一文を短くすること。長くても40字以内。〈できるだけ簡潔に余分なことは書かないように心がけてください〉

 もうひとつ、指南者たちが強調してやまないのはタイトルと書きだしの重要性だ。

 東香名子『「バズる記事」にはこの1冊さえあればいい 超ライティング大全』(プレジデント社・1760円)は〈人が1つのタイトルを読み切るまでにかかる時間はおよそ3秒〉〈タイトルを最後まで読むかどうかは、最初の1秒で決まります〉とオドしている。

 ネット上にひしめく無数の文章の中から選ばれて、読まれるためには、瞬時にして相手を釘付けにするワザが要る。SNSは文章を民主化したが、それはみなが読者の獲得に血道を上げる過酷な競争時代のはじまりだったのかもしれない。

作家も記者も

 かような時代に紙メディア出身の文章エリートはもうお呼びじゃないのかと思ったら、彼らの教えたがり精神はなお健在だった。文章指南書界の二大エースは作家と新聞記者である。

 島田雅彦『簡潔で心揺さぶる文章作法』は谷崎潤一郎『文章読本』の、近藤康太郎『三行で撃つ』は本多勝一『日本語の作文技術』の継承者といえるだろう。もっとも書名を見ればわかる通り、彼らもまた一発で読み手の心を鷲(わし)づかみにする短文時代を意識している。

 〈短文技術の習得には何を手本にすればいいか〉〈長い歴史の中で言葉や文章と格闘してきた作家たちの文章が最適です〉と述べ、アフォリズム(警句)という短文ツイートの名手だったニーチェやスピノザに学びなさいと説く島田読本。

 最初の一文で〈心を撃たないと、浮気な読者は逃げていきます〉。〈三行以内で撃ってくれ。驚かせ、のけぞらせてくれ〉〈いま、文章を書く人の書き出しは、そうあらざるを得ないんです〉と訴える近藤読本。

 なんか大変な時代になっちゃったなという感じである。

 「一文を短く」「書きだしに配慮せよ」は旧来の文章指南書でも定番の教えだった。競争が激しい今日では「短く」「早く」が強迫観念のように襲いかかる。最初の1秒や3行で驚かすなんてできませんよ私には。悔しいので一言。バズらなくてもべつにいいじゃん。最後に勝つのは「じっくり」かもよ。=朝日新聞2021年10月23日掲載