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映画「メタモルフォーゼの縁側」原作者・鶴谷香央理さんインタビュー BLがつないだ2人の小さな変化の物語

©2022「メタモルフォーゼの縁側」製作委員会

小さなことを小さなまま映画に

――まずは映画化、おめでとうございます! 初の単行本が実写映画化されると聞いたとき、率直にどう思われましたか。

 とても嬉しかったんですけど、連載のだいぶ最初の方に映画化のお話をいただいたので、こんなまだ何者かも分からないものを映画にして大丈夫なのだろうか、というのが正直な感想でした。それに、とても小さなことを描いている作品なので、果たして映画になるんだろうかとも思いました。

――実際に出来上がった映画をご覧になっていかがでしたか。

 私が漫画で描いた小さなことを小さなまま映画にしてくださったことに、もうびっくりしました。それがとても嬉しかったです。もちろん、漫画は全5巻あって、それをそのまま全部映画にするのは無理なので、原作とは変えてある部分もいっぱいあります。でも、原作の雰囲気を残すように工夫してくださったことが映画の節々に感じられて、原作者としてはとてもありがたかったです。

 小さなことを小さなまま描いた映画だと思うので、自分のことが取るに足らないものに思えるときに見たら、そんなことはないときっと思えるはずです。

――芦田愛菜さん演じるうららさん、宮本信子さん演じる雪さんは、鶴谷さんが元々イメージしていたキャラクター像と比較して、鶴谷さんの目にはどのように映りましたか。

 最初に脚本をいただいて読んだときは、原作の2人よりも明るい感じになっているなという印象でした。特に、原作のうららさんはウジウジしがちで物事もあまり進められないタイプなので、映像で映えるように明るくしてくださったんだなと思っていたんです。実際に映画を見てみると、そういうちょっとした違いがとても活きていて、2人が考えていることや芯が強いところなどを表現するためのものなのだとわかりました。映画を作る方々の力を感じたところです。

――映画で特に印象深いシーンは?

 芦田さん演じるうららが走る後ろ姿が何度も出てきて、それだけで感情表現できているのが印象的でした。

 あとは、2人で雪さんの家の縁側から雨を眺めているシーンですね。それも後ろ姿がとても印象的で、「ああ、友達になったんだな」ということが伝わってくる感じがしました。やっぱり年齢差もあるから、友達といってもちょっと気をつかう関係ではあるとは思うんですけど、2人の距離が間違いなく近くなったと感じられましたね。

©2022「メタモルフォーゼの縁側」製作委員会

2人が夢中になるものをBLにした理由

――物語では女子高生と老婦人がBL(ボーイズ・ラブ)を通じて友情を育んでいきます。そもそも2人が共通して好きなものとして「BL」を選んだのには何か理由があるんでしょうか。

 以前から、BLが好きな人を描いてみたかったんです。というのも、私自身もBLが好きなのですが、若いときはうららさんと同じように、それをオープンにするのはちょっと恥ずかしい気持ちがありました。もちろん、BLは自分の欲望が反映されるようなジャンルでもあると思うので、好きなことを隠していてもいいし、人に言いたくないと思うのも自然なことです。でも、だからといって、作品自体は恥ずかしいものではないですよね。大人になってからは「そんなに恥ずかしいと思わなくてもいいのでは」と考えるようになりました。そうした気持ちや考え方の変化を描けるのではないかと思ったんです。

――たしかに、若いころ、特に10代のころは自意識過剰で好きなものを素直に好きと言えないところがありますよね。鶴谷さんとBLの出会いは?

 厳密に言うと、中学生くらいのときには出会っていたんですけど、すごくハマったのは大人になってからですね。うららさんのように、商業BLをたくさん読んだり、「J.GARDEN(創作BLを中心とした同人誌即売会)」に行ったりし始めました。

――BLのどんなところに魅力を感じていますか。

 BLを読んでいるときは、あまり自分の性別のことを考えなくていいというところが個人的には魅力だなと思っています。恋愛ものを読みたいけど、男女の恋愛ものを読むと自分自身の恋愛を思い出してノイズになってしまうことがあるんですよね。

――その気持ちはちょっと分かる気がします。「別世界」というと語弊があるかもしれないですけど、物語をフィクションとして純粋に楽しみたいという感じ。

 そう。もちろん、現実世界には男性が存在するし、男性同士で恋愛する人たちもいるから、彼らを題材にしている以上、「別物なんです」というのはちょっと乱暴な考え方だとは思っています。でも、個人で楽しんでBLを読んでいるときは、自分の中にある枷(かせ)のようなものが忘れられるんですよね。この先、BLとどう付き合っていくかは、作家としても考えていかないといけないなとは思っています。

――単に楽しみとして、消費してしまっていいのか、というところですよね。

 それはいつも考えているところではあります。私個人としては、BLに出てくるキャラクターたちを「現実のしがらみからちょっと抜け出した人たち」として見て読んでいるところがあるかもしれません。

鶴谷香央理さん=岩本恵美撮影

贅沢な劇中漫画にも注目を

――作中には、うららさんと雪さんが夢中になるBLコミックス「君のことだけ見ていたい」が登場しますね。映画では『黄昏アウトフォーカス』などのBL作品で知られる、じゃのめさんがこの劇中漫画を描かれていて、眼福でした!

 それは私も単なる読者の気持ちで見て、「なんて贅沢なんだ!」と思いましたね(笑)。初めて見たときは、本当に感動しました。私はわりと絵をシンプルに描く方なのですが、じゃのめさんの絵は織物のようで……。一つひとつ、織り上げているように細やかに描かれていて、自分の頭の中に理想としてあった「君のことだけ見ていたい」が本当にあったら、まさにこういう感じの美しさなんだろうなと思いましたね。自分の絵では表現できないけど、思い描いていたものがそのまま画面に出てきた感じでした。

――劇中漫画といえば、うららさんの初作品「遠くから来た人」も映画ではより長いバージョンで見ることができます。こちらは鶴谷さんが描かれていますね。

 これは脚本をいただいたときに、長いバージョンのストーリーがあって、それをもとに自分で少しアレンジしつつも、ほぼ脚本のまま漫画にしたものです。

 「うららさんだったら、どう描くかな」と考えながら描くのは楽しかったですね。原作を描いているときも、うららさんが初めて描く漫画は拙いだろうと、あえて下手なままで描いたんですけど、映画ではうららさんの思い出や気持ちの高まりがプラスされる形になって、とても愛おしいものになった気がします。

©2022「メタモルフォーゼの縁側」製作委員会

――うららさんはこの「遠くから来た人」を引っさげてコミティア(創作漫画の大規模即売会イベント)に出展し、自分が作ったものが誰かに届いたり、誰かの気持ちや行動をちょっとでも変えたりすることを知ります。そんな作り手としての喜びも描かれていますよね。鶴谷さん自身、漫画を描いてきて、そういった作り手として嬉しかったことはありますか。

 いっぱいあります。でも、いちばん嬉しいのは、「ここはこだわった方がいいな」「ちゃんとこのキャラクターが考えていることを突き詰めて考えた方がいいな」と思って描いたところが、読んだ人にも受け取ってもらえたなと思うときです。

 今回の映画も、私が丁寧に描こうと思ったところを丁寧にすくってくださっていたので、見たときにきちんと伝わったんだと思って、それが本当に嬉しかった。それこそ、俳優さんの表情や景色の切り取り方、場面のつなぎ方など、細々としたことの積み重ねなんですけどね。

小さなことを丁寧に描く

――原作でも、うららさんや雪さんの気持ちの変化をものすごく丁寧に描いていますよね。年齢も環境も異なる二人を描く上で、気をつけていたことなどはありますか。

 どんなに二人の距離が縮まっても同い年の友達のような感じにはなれないと思うので、二人が仲良くなりすぎないように描きました。

 それと、年齢差や環境の違いに関係なく、現実の人生に劇的な変化ってそんなに多くはないと思うんです。だから、何か変わっていくにしても些細な変化を描いて、それがちょっとずつ積み重なっていって、いつの間にか変わっていたというように見せられたらいいなと思っていました。

――その方がリアルですもんね。リアルといえば、個人的に気になったのが、漫画に登場する風景です。うららさんのバイト先の本屋や2人がBL話に花を咲かせるカフェなど、実在する場所をモデルに描いていることが多い印象なのですが、これには何かこだわりが?

 まず、単純に実景が好きなので、それを描きたいんですよね。あと、これは後から気づいたんですけど、描いたところがどんどんなくなっているところも多くて。例えば、コミティアの会場として描いた東京ビッグサイトの青海展示棟や、うららさんと雪さんが好きな作家さんのサイン会後にお茶していた池袋のMARUZEN caféも今はもうない。「ああ、いつかなくなっていくものなんだな」と、好きな景色は描いておきたいと思うようになりました。もちろん、こういう景色が後ろにあることで、キャラクターの現実味がより増せばいいなという思いもあります。

――『メタモルフォーゼの縁側』では、交わるはずのなかった2人の人生がBLでつながり、各々に“メタモルフォーゼ(=変身)”をもたらします。鶴谷さんご自身は、本作を描いて何か“メタモルフォーゼ”したところはありますか。

 あります。この作品を描く前は、もっと表面的な面白さばかりを追っていました。こういう見た目のキャラがこんなセリフを言っていたらおいしいなとか、ちょっと打算的なところがあったんです。でも、この作品を描いているうちに、登場するキャラクターたちやその人たちがいる社会のことを深く考えないと、表面も面白くならないんだなってことが分かりました。当たり前のことを言ってすみません(苦笑)。でも、そんな風に漫画を描くうえで大事にしたいポイントが変わったのは大きかったですね。