さみしさと、どうしようもなさと
――永井さんは以前からこだまさんの著作がお好きだったそうですね。
永井:最初に「おとちん」を読んで、立ち上がれないくらい号泣しました。こだまさんは何かままならないものを、一生懸命に見て書こうとしている。私はもともと不条理というものに惹かれていて、それで哲学を始めたのもありました。不条理とは、ままならないものなんですね。
でもちょっと笑いが入っている。それは逃げたりごまかしたりしているんじゃなくて、表現をする上での必然的な笑いなんです。どうしようもないことが起きたとしても、ちょっと笑っちゃうところに、すごくシンパシーを覚えました。
ーー永井さんの帯文では「さみしいひとたちが、さみしくないふりをして生きているこの世界で、この本はちゃんとさみしい。」と書かれていましたね。
永井:私たちはさみしさをごまかして、平気なふりをしながら生きていますよね。でもこだまさんの文章は、ちゃんとさみしさやどうしようもなさがあるんです。悪い意味じゃなくて、ちゃんと一人になって書いている感じがして、すごく好きでした。
こだま:帯文を読んだ時に「こういうエッセイを書いてていいんだ」って勝手に許された気持ちになりました。ほんとに情けないところしかないような生き方をしてきたので。いつも「こんなエッセイで面白いのかな」って、悩みながら書いているんですよね。すごく個人的なことだし、有名人のエッセイでもないし。でも孤立した場所で、一人で情けない失敗をさらけだして書いても、別にこれでいいんだと認められた気がして、すごくうれしかったです。
ーーこだまさんは永井さんの『水中の哲学者たち』を読んでいかがでしたか?
こだま:最初はやっぱり哲学者という言葉が入っているので、私には難しいんじゃないかと思ったんですよ。自分の生活にはあまり馴染みがなくて、読み切れるか心配でした。でも読み出したらすごくスルスルすると入ってきたんですよね。水中に深く潜って考えるという表現が的確で、これまで意識してこなかったものに目を向けるきっかけになりました。
付箋だらけになっちゃって、どれもすごく面白いんですよね。哲学って勝手に難しいものだと思ってたんですけど、日常の小さな疑問でも哲学になりうるんだということを教わりました。
小学校や中学校で「哲学対話」をするお話が出てきますね。私も小学校で働いてたので、子どもたちの予想もつかない発言など、わかるようなところもありました。永井さんは子どもたちの発した疑問にずっと悩んでいたりしますね。
永井:そうですね。この間、高橋源一郎さんがラジオ番組で取り上げてくださったんですけど、「この本は対話の様子がいっぱい出てくるけれども、どれもうまくいってないのがいい」と言ってくださって。ほんとにその通りなんですよ。対話の後にしょぼくれて帰ったりしていて。「ああ、本当にダメだった」と思ったりしながら。そういう情けないことがずっと書いてあるんですよ。
こだま:それが逆に面白くて。哲学の人って、答えを知っている人だと思っていたので、こんなに頭を抱えて考えているんだと思いました。こういう風に考えることも哲学なんだと。
ーー改めて「水中」とはどういうことなのでしょう?
永井:いろんな意味があって、この表紙を見てすごく綺麗で透明感があると言っていただくこともあるんですけど、でもやっぱり水中は苦しいんですよね。息ができないので、溺れる寸前でもがいていたりする。
深く考えることを、水中に潜るという風に例えていて。探究すべきものに手を伸ばそうとすることでもあるし、一緒にいる人のことがわからないけれど、わかろうとすることでもある。それはすごく苦しいんですよね。水の中に一緒に潜るその共同性、同じ海の中でつながっているという感覚もありました。
よそ見をする語り方とは
ーーお二人は学校で教えた経験があるのも共通点ですよね。エッセイを読んでいて、共感できるようなところはありますか?
こだま:私はほんとに全部失敗してるので... ...。永井さんが小学生の授業の後に「これでよかったのかな」と落ち込みながら帰る姿が、過去の自分を見ているようでした。学校じゃ絶対に思い通りにいかないですし、子どもを思い通りにさせちゃいけないという気持ちもすごくある。でも全然発言しなかった子が、急に思いを語り始めたお話などはすごく勇気をもらいました。
永井:つまずくところはすごく気になっちゃいますね。自分の声は届いているんだろうかと悩んだりする。教卓では飛び降りるような気持ちで話さなきゃいけません。眼差しにさらされて、話すわけじゃないですか。校長先生とかすごいですよね。
こだま:すごいですね。あんなステージの上で。
永井:なんで全校生徒の前で、喋りつづけられるんだろうと思っちゃって。でも校長先生的な語りというのは、よそ見をしない語りですよね。こだまさんはよそ見をする人で、子どもに教える時でさえ、いつだってよそ見をしている感じがあるんです。
こだま:私はちゃんとしたエッセイは絶対書けないと思っていて。丁寧に書くことは私には向いてないから、横道に逸れることしかできないという。だから、積極的に横道に逸れてるというのはあります。
永井:こだまさんのペン字の習い事のエッセイで、「のびのび書けているが雑。しっかり手本を見るように」と怒られているシーンがありました。そのフレーズがこの本の中で、一番好きなんです。
こだま:ペン字サークルの本部の人で一度も会ったこともなかったのに、なんかよく人を見てるなと思って(笑)。どうして文字でわかるんだろうと。
永井:私もずっとこういう評価だったんですよね。確かに世界を一生懸命見ようとはしてるんですけど、気が散ってよそ見をしちゃってブレブレみたいな。ほどほどがわからなくて、ままならなくなっちゃって、ああ... ...となってしまう。こだまさんにもすごく感じるんです。
おしまいの地で助け合うこと
ーー「おしまいの地」シリーズは、こだまさんが生まれ育った集落で起こった出来事を書いたエッセイです。完結編の『ずっと、おしまいの地』では父の闘病を機に母が非科学的な療法に心を奪われる話、教員時代の教え子の家までタイムカプセルの中身を届ける話などを、これまでと違ってどこか明るいトーンで綴っています。3作を振り返るとどんな変遷でしたか?
こだま:1作目は「おしまいの地」の嫌なところを書こうという気持ちが強かったんです。田舎には都会とずれたこんな変な文化があるとか、負の部分ばかり書いていたんですね。でも書きながら「おしまいの地」の住人の一人として、この変な世界が面白いという風に考えが変わってきました。
最初はおかしな家族なのが恥ずかしかったんです。親が訪問販売に騙されたりして。でも自分も変な人に騙されて大金を払っちゃったりして、結局似たもの同士なんじゃないかと。すごく親しみを持ちながら書けるようになりました。
永井:そのお話に関連して好きだったのは(両親について)「私たちは誰のことも笑えないのだった。だから、せめて助け合いたい」というフレーズでした。こだまさんが他者というものに眼差しが向かっていく過程を体感できたのがうれしかったんですよね。
私はサルトルという哲学者が好きで、よく読んでいました。彼の『悪魔と神』という戯曲の中の「貧しい者がたがいに愛し合わなかったら、誰が貧しい者を愛してくれるの?」というセリフがすごく好きだったんです。
貧しいとは金銭的なことだけじゃなくて、みっともなくて情けなくてままならないこと。そんな私たちが愛しあわないと誰が愛してくれるの? という感覚がずっとありました。こだまさんが、ぱっと言葉にしてくださったのが心に残りました。
「助け合いたい」というこだまさんの欲求みたいなものが出ている。欲求ってなかなか書きづらくて。どんなに言葉を尽くしても、自分の根本的な欲求はどこか隠して書いちゃうんです。でもこの「せめて助け合いたい」というのは、すごく素直な欲求として私には読めたんですよ。
こだま:田舎で情報にも触れていない父や母のことをすごく馬鹿にしたりしていたんですけど、結局、私も同じ道を行ってるなと思うことがすごく多くて。親はやっぱり年老いてきて病気もしているので、守らなきゃという気持ちになってきました。
ーー今回でシリーズは完結します。
永井:私も自分が育った街のことを「おしまいの地」と呼んでいたんですよ。だから、このタイトルを見た時、ほんとにびっくりしたんです。
私は東京・渋谷の出身なんですけど、自分が育った地がおしまいの地だという感覚がありました。渋谷は大都市で流動的でバラバラで、誰とも目が合わない。誰とも繋がれなくて一人でいるのと変わらないけれど、ちゃんと一人になることもできない。新しいものが作られて、たえず変わりゆくので、アイデンティティを形成できない街でもある。自分が誰かもわからない状態になっている。
寺山修司が詩で何度も「東京」という言葉を書いて、東京への憧れを書いているんですけど、それを読むと震えました。みんなはそこを目指すんですけど、私にはそういう場所がない。ここが終点だから、私にはどこも帰るところがないと思っていました。
こだま:「おしまいの地」といっても、田舎とは限らないというのがすごく衝撃的です。でも、なんかわかりました。ほんとに対照的ですね。
東京はたくさん人がいて、田舎みたいに近所のみんなが顔見知りという窮屈さがなくていいなと思っていました。でも、そこからどこかへ行けないという辛さは、やっぱり経験した人じゃないと出てこない言葉だなと思います。
「おしまいの地」と名のつくシリーズは、ここでいったん完結になりました。でも多分、名前を変えても、自分が書くものはきっと、この土地のこと、家族のこと。それは今後も変わらないだろうなと思います。